昨日、息子夫婦が引っ越してきた。



わが家は2世帯住宅。

これまでは、
1階は父と母、姪っ子。
そして、親父と一緒に始めた仕事場。

2階は僕と花子さんと、息子。

玄関、台所、風呂場もちがう、
完全別居の2世帯住宅。


姪が独立し、親父とお袋が旅立ち、
息子は結婚し、
花子さんは、入院。

ずっと一人でいたが、
息子たちを呼ぶことにした。



本来なら仕事場が一階だし、
これから僕が年を重ねていくときに、
階段の上り下りがあるので、
僕が一階に住むのが自然。


でも、花子さんと過ごした、部屋の愛着。
自分なりに作った二階の住み心地よい空間。

なかなか同居に踏み切れなかった。


息子のお嫁さんが、

お父さんは二階が好きなんですよね。
私達が一階でも構いません。


その一言で、同居を決めた。




決めてから、大変な作業が待っていた。



部屋中に埋まっていた、
親父とお袋の遺品を処分。
古くからの家具、電気製品。

これらを、すべて断捨離。
 
弟家族を呼び、
欲しいものは持って行ってもらった。

仕事関係の書類、パソコンを2階に運ぶ。
移動するための工事。


毎日が格闘。


そして、
まだ片付かないまま、
昨日の引っ越し。



完全別の2世帯とはいえ、
環境が大きく変わる。


さて、どうなるか。



昨日は引っ越し作業が終わった後、
3人で食事に行く。

お祝いなので、寿司屋(回っているが)に
行こうかと思ったが、
僕の行き付けの、焼き鳥屋。

1人で良く行く、近くのお店。
焼き鳥好きの僕が、
これまでたくさん行った中でも、
ベスト3に入る、美味しいお店。

息子たちとも何度も行ったことがあり、
お嫁さんのリクエスト。


呑んで、食べて、話して、大満足。


帰りにおかみさんに送られる。

これからは、転んでも助けてくれる人が
近くにいて良かったですね。



実は、1ヶ月ほど前、
1人で呑みに行き、
帰りに、いい気分で歩っていたら
転んでしまった。
  (歩きスマホをやっていた -_-;)
    絶対ダメ!!)


頭を強打。
胸と腰も強く打った。

家に帰って、頭がガンガンし、
救急車を呼ぼうか迷ったくらい。


もし、そのまま倒れて、目を覚まさず、
数日後に見つけられたら大騒ぎになるので、
メモを書いたよ。


翌日、念のために病院へ行った。

レントゲンを撮って、異常なし。
1ヶ月経ったが変化はないので、大丈夫。


その後、また一人で呑みに行ったので、
お店の人に話した。


それを覚えていて、
帰りの挨拶。



息子夫婦が一緒になったので、
心強い。

倒れた時に、すぐ発見される(笑)


これからも、
第一の花子さんのことも含め、
色々ありそうだし、
良き、相談相手。



歩きスマホはあれ以来、
呑んでなくてもやっていません。


一週間ほど前、引っ越し作業の時、
テーブルの上に出しっぱなしにしていた
メモを見て、
息子たちは、驚いていた。


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今日は母の、一周忌法要を行った。
 
早い、もう1年経ったのか。


ごく近い身内10人が集まった。
お寺へ行き、読経をして頂く。

お墓参り、会食の後、
家に戻り、お仏壇にお線香をあげた。
 
 
弟たちと、アルバム、写真の整理をした。
懐かしい写真がたくさん出てくる。
 
 
今あることを知り、両親に感謝する。
 



  
今日は花子さんのところへ行けなかった。

数日前から、中心静脈栄養が再開。
活気も出てくる。

熱が出ないことを祈る。
 

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3月27日、お袋が亡くなりました。


14日にショートステイで吐血して、救急搬送。
16日にDr.から、

いつ亡くなってもおかしくない。

と伝えられ、
でも、2週間も頑張った。

前日には、これで落ち着いたら、
療養型病院への転院の話もあった。

全く苦しむことなく、孫に見守られながら、
息を引き取った。

特定疾患の難病を抱え、
平均寿命より長く生きた。

苦痛の表情は見せず、
穏やかに最期を迎えられた。


大往生です。



27日は、
若年認知症家族会「彩星の会」の総会があった。
出席できるか不安に思っていたが、
前日まで安定していたし、
僕が病院へ行けない時は、
誰かしらが診てくれるので
安心して出席した。


16時10分に弟から、メールが来た。
(お袋の子供、孫、計9名でLINEを組んでいる)

いま、病院に来ています。
着いたら両目とも開いて、目を動かしていました。
手もほんの少しですが動きました。
ここ何回か来た中ではいい方です。


メールを見て安心した。
総会が終わって、
16時30分から懇親会に出席。

18時3分に息子のタロウから電話。

おばあちゃんが急変した。
息が止まっている。

LINEにも入る。

叔父さん、今どこでしょう。
おばあちゃんの容態が急変しました。



懇親会の最中だが、すぐに店を出る。

検索して、電車の確認。
LINEで送る。

今向かっている。
駅に着くのが、19時18分。


弟からもメールが入った。
大田区から向かい、偶然同じ電車。

タクシーで病院へ向かった。


病室に入ると、顔に布をかけたお袋が横たわっていた。
横には、タロウが付いていた。

看護師さんが来て、Dr.に連絡。
先生が来て、

では、これから最後の診察を行います。

瞳孔を見て、聴診器を当てる。

ご臨終です。
死亡時刻19時32分です。


僕たち兄弟が来るのを待っていてくれた。



タロウが病院へ来たときは、
弟の時と同じように
目を開けていたらしい。

何か言いたそうに、
口を動かしていたそうだ。

しばらく見守り、
帰ろうとした時、
息遣いが不規則になる。

止まる。

タロウは介護職なので、
すぐに首に手を当てた。
脈がなかったそうだ。

ナースコールを押し、
Dr. が来て診察。

その時、すでに亡くなっていた。


かわいがっていた孫に見守られ、
安らかに、
苦しみの表情は一切見せずに
旅立った。


僕は臨終に立ち会えなかったが後悔はない。


入院してから毎日見舞えたし、
子供、孫が、夫婦で、
代わり代わり見守った。



明日お通夜で、4月1日告別式。

斎場ではなく、
お寺の客殿をお借りし、
ごく近い親族だけで、


お見送りをする。


ご心配をして下さった皆様
ありがとうございました。


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お袋はがんばっている。


14日にHCUに入院し、
16日に弟と一緒に、Dr.と面談した。

弟は仕事が終わって、羽田から来たので、
19時からの面談。

Dr.には、僕が妻の介護をしていることを伝えているので、
多分夕方来るだろうと、時間を空けておいてくれた。


面談室に弟と一緒に入った。

今日検査の結果が出ました。
非常に厳しい状況です。



Dr.と会う前、弟と一緒にお袋を見ていた。
声を掛けても目を覚ますことはなく寝ていたが、
呼吸は穏やかで、顔色も良い。

大丈夫そうだな。

と、話していたところだった。


Dr.はあらかじめ、説明用紙にメモ書きをしておいてくれた。

 『 入院してからの経過。
    ★ 血液、尿等から細菌(ブドウ球菌)が検出 :
        敗血症の状態
      この細菌をターゲットに抗生物質を使用中だが

    ① 肝酵素上昇 : おそらく心機能が低下し、
                 肝に血液が停滞している状態
    ② 腎機能障害の進行 : 尿がほとんど出ていない
    ③ 炎症反応の遷延              』



各項目について詳しく説明をしていただいた。
素人の僕たちにも、わかりやすく、
そして危機的な状態と言うのが理解できるように。

そして最後に、

     近日中に亡くなる可能性が高い

と、目の前で書き加えられた。



面談が終わり、弟と二人で、
沈黙。
青くなる。



息子のタロウにすぐに来るよう電話。
お嫁さんの星子さんが先に着く。

タロウは仕事を終わらせ、
面会終了の15分前にやってきた。



翌日17日は、HCUから普通病棟に移された。
18日は、一人部屋に変わる。

家族が周りに気遣いなく見舞いに来れるように、
夜間の付き添いも大丈夫なようにと、
Dr.の配慮だ。



僕は毎日病院へ行っている。
弟、弟家族、3人の孫も入れ替わり見舞いに来る。

僕たちにできることは、
声を掛け、手足をさすることだけだ。

呼び掛けには、時々、わずかに反応がある。

自力で瞼を持ち上げることはできない。
おでこに手を当てて、軽く下げると
瞼が開く。

僕が声を掛け、ベッドの反対側から孫が声を掛けると、
声の方向に瞳が動く。

唇がわずかに動く。

これで十分。



Dr.からは、今日明日とも言われていた。
それからすでに一週間がたつ。


静かに、安定した寝息を立てながら、
苦しまずに、穏やかに過ごしている。



お袋の病院へ行く前後に、
花子さんのところにも寄っている。

転院してから一度も下痢はなかったが、
昨日、また大量の下痢があったそうだ。
( 検査結果、状況は次回書きます )


あまり良くない状態だ。




たくさんの方にご心配をおかけしています。
コメント、メール、電話で励ましをいただいている。

皆さん、僕の体を心配してくれる。


大丈夫です。


家族会のお手伝いも控えさせていただいて、
仕事も、最小限の範囲で行っている。

と言うか、
手につかない。


四六時中、
寝ても夢で二人のことを考えている。


心配で寝れないということはない。
疲れですぐに寝てしまう。

ただ、起きても、
昼間もすごく眠く、
だるい。

胃腸も疲れている。


精神的な疲労って、取れないんだな~


こんなことを書くとまた心配をおかけするが、
自分の体の変化もわかっているので

大丈夫です。


 
皆さんに励まされています。
ありがとうございます。


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講演会の紹介をさせて頂いたところ、
どの会も、遠方からわざわざ
来ていただいた方がいらっしゃいます。

神奈川県海老名市の講演会では、
  東京都千代田区から、

京都府南丹市の講演会では、
  大阪府富田林市、
  兵庫県姫路市から、

お知らせ頂いていない方もたくさんいる。


ありがたいことです。
教職、医療従事者、専門職でない、
一介護家族の話なので
上手にお伝えできたか不安ではありますが、
皆さん真剣に聞いていただき、
大変感謝をしています。

目頭を押さえながら聞いている方を見ると、
僕も演台で、もらい泣きをしてしまい、
声を詰まらせることもありました。

機会があれば、これからも宜しくお願いいたします。



さて、

3月13日に南丹市の講演を終え帰宅する。

14日朝8時に、
僕が不在の間、お袋がお世話になっていた
ショートステイから電話があった。

今日の朝7時半ごろ、お母様が吐血をしました。
意識レベルが下がっているので
今、救急車を呼びました。

搬送先がわかったらまた電話します。

母は特定疾患の難病を持っているので
S大学病院へ通院しています。
救急隊の方にそちらに搬送するようにお願いしてください。
私もすぐに向かいます。



なに!!!
吐血!!!!
どうしたんだ!!



すぐに支度をして病院へ向かった。
すでに救急車はついていて、
救命救急室に運ばれていた。

付き添って下さったショートステイの相談員に話を聞く。

吐血自体は少量で、頬に垂れる程度だったらしい。
だけど、手足の先端が紫色になり、
息遣いが荒い。
こちらからの問いには答えるので
意識ははっきりしている。

今はCT、レントゲンで検査を行っているそうだ。



やきもきしながら、呼ばれるのを待つ。
気持ちが焦って、落ち着かない。



Dr.から呼ばれた。
毎月一度、母の「強皮症(難病特定疾患)」を
診察してくださっている内科の先生だ。
運よく診て頂けた。

状態としては厳しいです。
強皮症からくるレイノー現象(手足の先端が紫色になる)が
強く出ています。

体が酸性になっていて、あまり良くない状態です。
低酸素になっています。

脈拍 131
血圧 91/73
酸素 73~91

しばらくはICUへの入院になります。
家に帰るのは難しいです。
看取りを考えた入院になります。

快方に向かった場合は、普通病棟から、
療養型病院への転院になると思います。

看取りと言うと、
余命はどのくらいでしょう。
親族に連絡した方が良いですか。


これから検査を行います。
余命はまだわかりません。
今急に様態が悪くなることはないですが、
状況を知らせておいた方が良いです。

89歳の高齢と、疾患している病気を考えると
頑張っています。


病室を出たら涙が出て、嗚咽してしまった。


ショートステイの相談員には帰っていただき、
待合室にいた。


以前、おなじDr.から、

朝起きたら息が止まっているということが
あるかもしれません。


とは言われていた。


現実が直面してくると、
恐怖感が急に出てきた。


しばらく待っていると、
HCUの病棟で入院手続きをするように言われ
場所を移動する。

HCUは、高度治療室の略だ。
集中治療室のICUよりやや重篤度の低い人が
治療を受ける場所。
でも、大学病院の高度治療室なので
入るとその場の重い空気に圧倒される。

入院の細かい説明、
何枚もの書類にサインをする。

入院手続きが終わり、病院を出る。



実は、その日は神奈川県厚木市の介護家族会から
講演を頼まれていた。

講演は13時から。
一時は、キャンセルをしようと思ったが、
たくさんの方が聴講に来るし、
穴をあけるわけにいかない。

待合室から主催者に何度も電話をして、
開始時間を30分繰り下げ、
13時30分からに変更して頂いた。

病院を出たのが12時45分。
病院の売店でお握りを買い、
東名高速を飛ばして会場へ。

渋滞がなく、13時20分に着いた。
1時間半の講演を無事に終わらせることが出来た。


前日の南丹市の講演が終わり、
帰宅した翌日の朝、救急車で運ばれ、
入院手続きが終わり、
次の講演に間に合う。

僕のスケジュールの間を見てくれたような、
不思議で、恐ろしい感覚。



終わってからもう一度お袋の病院へ。
熟睡していた。

そして、花子さんの病院へ。
ずっと行けなかったので、
どうしても寄りたかった。


花子さんの容態は、
また今度。


こちらも大変、
厳しくなって来ている。


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講演会のお知らせ
2月19日 東京都府中市
fuchuu  
2月29日 東京都新宿区
新宿区
3月2日 神奈川県海老名市
海老名市
3月13日 京都府南丹市
京都府南丹市

他にも予定が入っています。
一般公開講演会は、またお知らせします。

さて、本題

2月11日から今日まで、
お袋はショートステイに行っていた。


毎月1度、4泊5日のショートステイをお願いしている。

以前はショートステイに行くのを非常に嫌がり、
家で過ごしたいと訴えていた。
そのために、少しでもショートステイになじむよう、
色々と工夫をしていた。

今は、抵抗なく行ってくれる。

一つには、僕がいなければ
一人で家で過ごせないというのが分かっていること。
しょっちゅう、

もしお兄ちゃんがいなかったら
私は生きていけない。

と言っている。

ショートステイは、
僕の大阪出張を口実にしている。

会社が景気良かったころは、
月に一度は大阪へ行っていた。
今は仕事がらみで行くことはないが、
お袋の中で、出張には理解がある。

もう一つは、
何度もショートステイを使っていて、
ようやく慣れてきたからかな。

温かいスタッフばっかりだ。

先週、ようやく、大決断の末、
特別養護老人ホームの
申込書を郵送した。

5か所の申し込みをできるが、
この施設、1か所に絞った。
花子さんの申し込みと同じ所。



ショートステイの期間、
ゆっくり寝させてもらえた。
毎日、熟睡だ。

でも、お袋がいないのに、
1時間おきに目を覚ましてしまったけど。

寝入っているところを起こされるのではなく、
自分の睡眠のリズムで起きるので、
寝不足感はなかった。



料理は、なんと
昼食1回作っただけで、
あとはすべて外食。
夕食は一度も家で食べなかった。


講演 1回、
家族会の世話人会 1回、
認知症家族会のためのチャリティーコンサート 1回、
僕自身の病院 2回

用事が入っている日に合わせてショートを組む。
忙しく外を回るのは変わりない。

そして、せっかくの一人なんで、
なかなか会えない連中に声を掛ける。
息子夫婦とも飲むことが出来た。

そんなこんなで
ゆっくりくつろげた。


もう少ししたらお袋の帰宅だ。
英気を養わせてもらったので、
優しく迎えよう。


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昨年12月1日付で、
お袋の介護度の見直し申請を行った。


昨日、新たに要介護5で認定書が届いた。


昨年の4月に要介護3から要介護4と
認定されたばかりだ。
その時は、僕はまだ2階に寝て、
お袋から呼び出し電話があると、
真夜中でも、1階に行って、お袋の世話をした。

その後、電話も使えなくなり、
2階から1階の隣の部屋に寝て、
今は、同じ部屋で布団を並べている。

昨年の要介護4と認定された時の日記を見ると、
介護負担が大きく変わっている。

介護度の変更基準は、介護負担の大小だ。

夜間の介護が比べようもなく大きくなっている。



今はデイサービス5回と、ヘルパーさん3回。
月に一度のショート。
介護用品のレンタル。

要介護4では単位が足りず、
12月は自費でサービスを使うようだった。

でも、認定が12月1日からなので、
要介護5の単位でサービスを使える。

自費の負担が少なくなりありがたい。



今回要介護5になり、
利用できる単位数が多くなったので、
デイサービスをもう1回増やし、
週6回にしようと思う。

デイサービスのない日は、
一日中寝ている。
体を動かすことがない。

デイに行けば、
周りの人との触れ合い、
軽い運動、
レクリェーションがある。

デイに行くのは全く抵抗がないし、
ない日は朝から、

お迎えに来るの?

と、一日中訪ねている。

健康維持のため、
デイサービスを利用させてもらい、
大変助かっている。



在宅から、特別養護老人ホームへの入居を
考えることがある。

夜間の介護負担が非常に大きく、
僕の体力に不安がある。

もし何かあったら、大変だ。


また、お袋の不安感が強く、
24時間、誰かしらが
そばで見守っていないといけない。

僕が夕食で2階に上がってる少しの時間でも、
僕を探し回り、
這いずりながら、徘徊を繰り返す。

玄関の土間に降り、
ずっとドアを叩いて叫んでいる。

じっと座っていることが出来ない。
いつも動き回る。

多動だ。

お尻とかかとをついての徘徊なので、
お尻には褥瘡ができ、
かかとはヒビ割れから、褥瘡になりそう。



お袋のためにも、
在宅より特養の方が良いのではないかと
アドバイスを受ける。

皆さんが僕の体を心配してくれる。



でもな~~


認知症になった親父を病院で看取り、
認知症の妻を、長期間入院させている。

この上、
お袋までを、施設にお願いするのか。


なんだか、情けないし、切ない。


僕なんかよりもっと大変な状況で、
在宅で介護している人がたくさんいる。



まだ、特養の入居申し込み書を送れないでいる。


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しばらく前から、
お袋は、僕のことを

おにいちゃん

と呼ぶ。


これは、僕には弟がいるんで、
頼りにする呼び名と思っていた。




僕は、毎日夕方、
お袋のデイサービスの帰りに合わせ、
生協の宅配弁当を温め、
みそ汁を作り、
お新香を添えて、
晩御飯の用意。

お袋にエプロンをつけ、
テーブルのセッティング。

トラブルはたくさんあるものの、
まだ、一人で食べられる。



食べ始めて落ち着いたのを確認し、
花子さんの病院へ行く。


笑顔が出るのを楽しみにしながらの
夕食介助。


19時前後に帰ってくる。



お袋は毎回、
玄関から降りて
コンクリートの土間に座り、
ドアを叩いている。

車を駐車場に入れると、


おにいちゃ~ん!!

おかあちゃ~ん!!

おとうちゃ~ん!!



の声が聞こえる。



いつも、

あれほど言っているのに!!

土間に降りたら、危ないだろう。

と思って、ドアを開ける。


一度は、

降りた土間から、
廊下に上がろうとしていたが、
立ち上がることが出来ないので、
足だけ廊下のふちにかけ、
頭と手は土間。

転がって、頭を打ちそうになっていた。

危機一髪だった。



僕の帰りを待っていてくれる。

一人ぼっちの不安もあり、
少しでも早く会いたいので、
土間に降りて、迎えようとしている。


家族会で相談があれば、

本人の気持ちを大事にするのが大切です
あなたのことを待っているので、
「ありがとう」と言えば落ち着きますよ。

なんて、アドバイスをする。





でも、いざ、その場になると、
冷静になれない。




なんで、こんなとこに居るんだ!!
何度も言っているじゃないか!!
冷えるし、危ないだろう。
怪我をしたらどうするんだよ!!!


と、つい、声を張り上げてしまう。



これは、一番いけない対応。
本人の気持ちを大事にすれば、
言ってはいけない言葉。

でも、毎日の疲れから、
つい、
言ってしまう。



偉そうなことを人には言うけれど、
お袋には、初心者マークなんです。




そしたら、

お袋。


たった二人の兄弟なのに、
そんな言い方ないでしょ!


と言った。



僕のことを、息子ではなく、

10代の頃に他界した
実の兄。

と思っているようだ。




なんだよ。

これからは、息子じゃなく、
兄貴として対応するのか・・・

お袋の、お兄ちゃんかよ・・・



あらためて、
認知症に向き合うことは、


奥が深い。


では、晩御飯。
たまたま、値引きのサーロインがあったので、
贅沢に、ニンニクソースのステーキにした。

サーロインステーキ 

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今回受講している「介護職員初任者研修」のために、
お袋の介護サービスを大幅に変更して、
僕の受講に合わせてもらっている。

ケアマネージャーに大変なお手数をおかけし、
デイサービス、ヘルパー、ショートステイの事業所にも
無理なお願いをして、ご協力いただいている。


こんなに小回りを利かせてくれるところは、
あまりないと思う。

介護保険以外にも、息子夫婦、弟、姪に
手助けをしてもらって、僕がいない時には
お袋を見守ってもらう。
最近は一人で家にいることが出来なくなった。



本当に感謝だ。
ありがたいことです。


毎月中旬に、ケアマネージャーへ、
お袋の介護サービスの
変更要望書を出している。

仕事、家族会のつどい、講演、があり、
予定に合わせ、
定期サービスの変更、追加をお願いしている。

事業所と調整し、僕とも何度も連絡を取り合って、
ケアプランを立てて頂いている。


現在お袋は要介護4。
限度いっぱいのサービスを使っている。


定期サービスは、
月、水、木、金、土曜日の、週5回
2ヶ所のデイサービスを利用。

金、土、日曜日、週3回
17時30分から19時までヘルパーさん。
家事とお袋の夕食作り。

日曜日の
10時30分から12時までヘルパーさん。

たくさんの助けを頂いて、介護をこなしている。


毎月中旬に出す変更要望書は、
書式を作って、一覧で見れるようにしている。


12月の要望書を出し、
最終的にスケジュールが立った。

ケアマネ要望書    
(クリックすると大きくなります)
 
黒字が定期サービス。
赤字が、変更、休み、追加だ。

今月は研修のため、デイサービスを多くし、
ショートステイも入れた。

単位がオーバーしてしまうので、
ヘルパーさんを休みにした。
12月は日曜日に出かけることが少ないので、
僕がいるので何とかなる。

それでも限度オーバーで
介護保険の一割負担とは別に、
自費でお願いするようになる。


研修で通学のある日は、
月、火、木曜日。

僕は8時40分に家を出て、
帰って来るのは、17時30分。

要望書の、黒丸、赤丸のベタ塗りの日だ。

その日は僕の都合に合わせ、
デイサービスの送迎時間を
変更して頂いている。

皆さん、きめ細かく対応してくれている。



花子さんの時もそうだった。
僕の介護は、
介護保険の事業所をはじめ、
家族会、地域の人たち、友人、親族。
 
多くの人に支えられながら、

行うことが出来ている。


さて、晩御飯。
花子さんは、魚のレモン煮定食

魚のレモン煮定食 

僕は、とんかつ(買ってきた)の柳川煮。
自家製ぬか漬け。
お酒は、神戸 瀧鯉の氷上

とんかつの柳川煮



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ローカル情報ですが
セミナーのご案内。


   高齢者医療と介護の今後を考える
~くすり・延命治療・看取りの問題から見えてくること~


日時 : 2015年12月13日 (日)
      13時30分~17時
場所 : ユニコムプラザさがみはら
      神奈川県相模原市南区大野3-3-2
資料代 : 1000円
申し込み : 神奈川オルタナティブ協議会
        al_kana@yahoo.co.jp

    詳細はこちら。クリックすると大きくなります。
              ↓
高齢者の介護を考える 
さて、
お袋の夜間の目覚めは相変わらず。
毎晩、僕を呼び続けている。

 
意識がはっきりせずに興奮する。
部屋の中を動き回る。
大きな声で叫ぶ。
一晩に、1時間おきに、4、5回繰り返す。
自分が子供の頃に戻り、両親、兄弟を探し、
朝食の準備、学校への支度を気に掛ける。
意識混濁の中で繰り返す。



これは、せん妄の状態だ。


1か月前、認知症専門病院での診察。
夜間の状態を伝えると、Dr.も考え込んでいた。

精神薬の処方を持ちかけられたが、
年齢、体重、薬の敏感性から、
今から増やすことは、副作用の心配があるので、
見合わせてもらった。

それまで睡眠薬は、
ユーロジン1mgをカットして3/4服用していた。

ユーロジンの説明書を読むと
 「寝つきを良くするお薬です。
  脳の神経をしずめる作用があります。
  そして、不安や緊張感をほぐし気分をリラックスさせて、
  自然に近い眠りに誘います。」
とある。


睡眠薬としては1回に1mgから最大4mgを飲む。
お袋は副作用が出やすいので少し減らしてもらっていた。


Dr.から、精神薬の代わりに、作用の違う睡眠薬を紹介してもらい、
新たに増やすことにした。

ロゼレム錠8mg
 「体内時計を整え、寝つきを良くするお薬です。
  睡眠のリズムをつくり、自然な眠りを誘います。」

Dr.の説明だと、夜暗くなると自然に眠くなり、
明るくなると、目を覚ます。
海外から帰った、時差ぼけなどにも使うらしい。



試してみたが、変化はない。
部屋の電気は、いつもつけっぱなしだが、
飲んだ後、少し暗くしてみた。

でも、せん妄は相変わらず。


服用を始めてから2週間後、
「家族会のつどい」があり、
認知症の人と家族の会の本部副理事で、
神奈川県支部代表の
杉山孝博Dr.が出席されたので
質問をした。

杉山Dr.は、診察の合い間をぬって、
毎回、つどいには参加をしてくれる。

母の状況、薬の説明をして聞いてみる。
答えてくれた。

新しく増やした薬や、これまでの薬は、
スリブリさんのお母様には効果はないです。

お母さんが夜中に何度も目を覚まし、
声を出して呼ぶのは、
不安からです。

不安を取ってあげることが大事です。


以前は私は2階で寝ていましたが、
心配になり、今は隣の部屋に寝ています。

スリブリさんを探して、ドアを叩くんでしょう?
不安からです。

一緒の部屋で、寝てあげることです。
不安で目を覚ましたら、すぐに声をかけてあげます。

以前、別の人から同じような相談があり、

「寝るときは手をつないであげなさい。
 夜中は、ひもでお互いの手をつなげてもいいんです。
 少しでも動いたら、先に優しく声掛けをしてあげます。」

そうしたら、お母さんは安心して寝て、
夜中に起きることはなくなりました。

薬を増やすより、介護の仕方でよくなります。



全くその通りだ。

花子さんが在宅の時は、
先生から、何度も同じような話を聞き、
教えられたとおりにして、介護を乗り切ってきた。

初めのころの日記に何度も書いてあるが、
夜中に急に起きだし、
僕を、殴る、蹴る、引っ掻くなどの
暴力が多かった時期がある。

隣に寝て、荒れた時はハグをしてあげる。
手をつないで一緒に寝る。

そうすることによって、
落ち着きが出てきた。


  ( 行ったり来たり
      ↑
  この時が初めてのハグ
  それからは落ち着かせるのに、
  いつも行っている。 )



お袋の介護になって、
また、初心者に戻っていた。



先週、認知症専門病院でお袋の診察があった。
新しい薬は中止にしてもらって、
これまでの薬だけにした。



まだ、すべてをやめる気持ちに届いていない。

同じ部屋にも寝ていないんだな~

始めのうちは、これまで以上の寝不足になる。
良い方向に向かうのだろう。

でも、踏ん切りがつかないんだな~
いまだに隣の部屋で寝て、
ドアを叩かれて、何度も起きて、
お袋を寝かしつける日が続いている。


勇気がないな~~


さて、晩御飯。
花子さんは、魚のポテト焼定食

魚のポテト焼定食

僕は、ジャガイモとベーコンの、チーズ卵焼き
自家製ぬか漬け付き
お酒はまだ一升瓶が空いていないので、
福岡県喜多屋の特別純米酒 蒼田

ジャガイモとベーコンの卵焼き 


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前々回書いたお袋の薬変更。

睡眠薬を半錠にして上手く行けたと思ったが、
そうは簡単にはいかない。
夜間の不穏状態は、まだ出てくる。

興奮から、怒りになってくる。

お袋は昨年3月から、認知症の進行を抑える薬
アリセプト5mgを服用している。
この薬は興奮症状が出る場合がある。
以前花子さん(←ここに書いてある)も
同じようなことがあったので、
Dr.と相談して中止した。

家庭天秤法第2弾。

 ( 家庭天秤法
   これはコウノメソッドの作成者河野Dr.が
   作った言葉です。
   家族が患者の状態を見ながら薬の量を
   加減することを言います。

   認知症ケアにおいて24時間状態を観察
   できる家族こそ薬物の効果や副作用を
   察知することができるので、医師の指示
   のもと家族が薬の量の調整をする方法です。

   注意しなければいけないのは、家族の勝手な
   判断で急に止めるのは危険です。
   薬によっては、急に止めることにより、
   離脱症状が出る場合があります。
   僕が
減薬を始めている(←ここ)パキシルは、急に
   止めてはいけない薬です。
   6月から徐々に減らし、体に慣らさせ、断薬に
   持って行ってます。
   2か月かけてようやく半量になり、まだ継続中です)


毎朝飲んでいるアリセプト5mgを止めてみた。


そうしたら、


なんと!


その日の夜から興奮がなくなり、
朝まで寝ている。

まだ、数回起きて僕を呼ぶが、
起きる時間の確認や、その日の予定を聞くぐらいで
せん妄がなくなった。

数日後、ちょうど診察日だったので、
止めた日からすぐに効果が出たけど、
そんなことがあるのか聞いてみた。

Dr.は首をかしげながら笑てっていたが、

アリセプトは興奮作用がありますので
止めたことで治まったのなら
止めてもよいでしょう。

ただ、止めることによって認知症の症状が
進んで来るようでしたら、同じく進行を抑える
貼り薬があるので、それを試しましょう。

すぐに薬の交換ではなく、
もう少し様子を見させてもらうことにした。


すごく楽になった。
僕がいらいらすることがなくなった。
ただ、
一時間おきに起こされることはなくなったが、
隣の部屋で寝てると、
ちょっとした音でもすぐ目を覚まし、
起きて様子を見るので
寝不足は相変わらず。



前回と同じように、
夜間の状況を控えているので、
貼り付けます。
エクセルなので、スマホで見ることはできません。

27.7.26~27.8.10夜間見守り 

これで夜間落ち着いてくれれば、
ショートステイが使えるかな??

実は、何度か使っているショートステイも、
多動、興奮で断られそうになっているのです。

このことは、また今度。


では、晩御飯
花子さんは、鱒の蒸し定食

マスの蒸し定食 

僕は、回鍋肉
ゴーヤが取れすぎてるので、
試しにぬか漬けにしてみたが、
苦くてうまくなかった(笑)
お酒は、芋焼酎 黒霧島

回鍋肉 


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ここんとこ、お袋の調子が良くない。
体力の低下、認知症の進行が進んでいる。



お袋は、昼間も夜間も多動だ。
歩けないが、お尻をつけたまま部屋の中を移動する。

今月の中旬、夜中に動いていた。
廊下のところで疲れて、横になる。
うつ伏せのまま寝てしまうと、
自分で寝返りをすることができないことがある。

そのままうつ伏せの状態で何とか起きようとして、
顔から、肩、腰、足と擦り傷を作ってしまった。
特に足は強く擦ったため、皮が破け、血が出てしまった。



お袋は1階に布団を敷いて寝ている。
僕は、2階だ。
でも、お袋の様子を見るため、
毎日、10時、12時、4時、には1階に行っている。
そのほかにも、直通電話がかかってきたら、
すぐに下に降りて見守っていた。


その日は、4時の見回りの時に気が付いた。
応急処置をして、デイサービスを休み、
病院へ連れて行った。

顔、、胸、腰、足のレントゲンを撮ってもらったが、
骨には異常なし。
擦り傷の治療をしてもらった。
翌日からのデイサービスは、OKが出た。



もう、一人で寝かせるのは無理だ。
夕食、晩酌、風呂を2階で済ませ、
1階でお袋の隣の部屋に寝ることにした。


きつい生活になってしまった。


お袋は、寝る前に睡眠導入剤の「アモバン7.5」を
飲んでいる。

でも、これは、ほとんど効いていない。
夜中、1時間おきに僕を呼ぶ。

ある日の例。
  毎日、寝るのは20時だが、薬の効く時間を
  確認したいので、服薬時間をずらし、
  夜間の行動をデータにする。

  7月22日 アモバン7.5 10時服薬
    1時30分 多動で布団に寝かせる。
    2時5分  うつ伏せになり、大声を出す。
    3時20分 僕を呼び続ける。
    4時30分 呼び続ける。
    5時40分 水を飲む。
    6時30分 予定を確認で呼ぶ。
    7時10分 予定確認
    7時30分 起床

1時間おきに僕を呼ぶ。
それが1週間続いた。
昼間は、仕事、雑用で、
毎日、時間単位でみっちりスケジュールが埋まっている。
睡眠不足で、限界になってきた。


7月24日に内科の診察があり、
1週間のデータを渡し、
睡眠導入剤から睡眠薬の変更をお願いした。

睡眠薬としてユーロジン1mgを処方していただいた。
割と安全性が高く、一番軽い量だ。
ただ、高齢であり、初めてなので1週間分だけにして、
翌週状況を知らせることにした。


飲み始めた日、
夜中に3度呼ばれたが、
以前ほど切羽詰まった様子でなく、
名前を繰り返す程度。

だが、大量に排尿があり、
リハビリパンツ、パットでは受けきれず、
布団を大きく濡らした。

また、デイサービスでは午前中は意味不明の
言葉を繰り返していたと連絡があった。


翌日、夜はぐっすり眠る。
朝起きるとろれつが回らなく、もうろうとしていた。

同じような症状が3日も続いたので、
昨日は、1mgの錠剤を半分にカット。
0.5mgで飲ませてみた。


夜中に3回起きたが、朝はきちんと覚醒し、
7時半になったら自分から起きた。

食欲もしっかりあり、
デイサービスも気分良くいかれた。

デイサービスからも、しっかりしていたと報告。


とりあえず、安心。


もう少し半錠で続けてみる。


アモバンの時は、夜起きてしまい、
熟睡はできなかったと思う。

今の薬で夜熟睡できれば
気持ちも落ち着いてくる。


高齢者の薬は本当に難しい。
ほんの少しの量の違いで、
症状も変わってくる。


家庭天秤法で薬の調整が必要だ。

病院、ケアマネージャ、施設に渡すように
データとしてまとめたのがこれです。
      ↓
  夜間見守り
(エクセルなのでスマホでは開きません)


では、晩御飯
花子さんは、蒸し魚定食。

蒸しカレイ定食 

僕は、定番ハンバーグ
酒は焼酎 黒霧島 ロック


ハンバーグ 

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お袋は、2か月に一度、
デイサービスで、髪をカットしてもらう。

カット後は、僕が家で染める。

88歳のお袋だが、いつも髪を気にしている。
以前は、車で美容院に連れて行ってたが、
ここんところは、


スリブリ美容室。



やっぱ、女性だよな~
髪が染まると、嬉しそうにしている。

デイサービスから帰ってくると、

髪が黒いのは、私ぐらい。


とか言っている。
息子に染めてもらって、
本当は白い髪と言うのを忘れている。


まあ、これで気持ちが晴ればれするなら、
お安い御用。

髪染め後 


最近は、認知症の進行が急激だ。

時間、日、曜日の感覚はなく、
いつも不安がっている。


夜中に僕への呼び出しは、

何時に起きればいいの


さっきの時計と今の時計がくるってる。


今日はどこかへ行くの?


もうどこにも行かないので、休む。


誰か来たけど、大丈夫?


動けないので、助けて!!



そんな呼び出しで、
深夜に何度もお袋を見に行って、
なだめる。


寝不足が、きつい。



お袋は、すごく時計を頼ってる。
壁に掛けてある丸時計をいつも見ている。

すべてを、その時計の通りに判断している。

でも、時間の読み間違えがたびたびだ。


思い切って、時計をはずした。



その代わりに、こたつの上に
デジタルの数字が出る時計。

枕元に、時間が読み取りやすい
目覚まし時計。


壁の時計に気が向かわないように、
しょっちゅう、両方の時計を見せて、
時間を伝えた。



習慣で、壁に目を向けても、
時計がない。

でも、違和感を感じなくなっている。


なんと、
朝まで起こされることなく、
寝れるようになった。



お袋は今でも腕時計をしている。
デイサービスに行くときに、必ず腕にはめる。

革バンドが出来なくなったので、
スプリング式の金属ベルトに変えた。


昔からの習性。
時間をすごく気にする。

でも、読めなくなっている。


お袋の持つ、時間の気遣い、管理を大事にしていた。

でも、壁掛けの時計が負担になっていた。

僕たちだって、目が悪くなってきて、
遠くの時計を、読み間違る。

お袋は、読み間違えたのが、
自分にとって、正しい時間。
混乱するわけだ。



最近、夜は毎日荒れている。

いつも、泣きながら、僕を罵倒する。

でも、朝になると、僕に感謝をする。


頭の中を、いろんなことが駆け巡っている。
本人、介護者ともに、つらい時期だ。



さてさて、晩御飯。
花子さんは、タラの野菜あんかけ定食

タラの野菜あんかけ定食 

最近は、ユーチューブから、NHK童謡を聞かせ、
ご機嫌に晩御飯。

以前、1時間かかっていたのが、
25分~30分に大幅短縮。


僕は、カレイを煮てみた。
最近、煮魚得意。
お酒は富山の、満寿泉

カレイ煮魚 

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お袋の介護認定通知書が送られてきた。

要介護4

これまで要介護3だったので、
1段階上がった。



最近のお袋を見ると、適切な介護度だと思う。

今は、立ち上がることが出来ない。
部屋の中は、お尻をすりながら移動。
そのために、ジョクソウのような傷ができ、
薬をつけている。

体を持ち上げれば、支えて小刻みに歩けるが、
部屋とトイレの間ぐらい。

立ち上がれないので、
部屋に置いてあるポータブルトイレは使えなくなった。
トイレに座ること、冷蔵庫を開けるのもできない。

床に入っても自分で布団をかけることが難しい。
食事は自分でできるが、
握力がないので、すぐにこぼしてしまう。

着替えもできないので、
朝起きてからデイサービスに行くまでの、
食事、支度、移動はすべて介助が必要。

最近は、デイサービスの迎えも車椅子付きになった。



認知症も進んでいる。
日時の感覚がなくなったので、
いつも不安がる。

昼と朝を混同したり、
食事を済ませたかも忘れる。

両親、兄弟は皆生きていると思っている。
会いに行きたがる。


デイサービスは4日使っているが、
帰りは17時に出迎え。
僕が夕食の支度をする。

今は、生協のお弁当の配達なので、
温めて、みそ汁にお湯を注ぐだけだから
楽だ。

掘りごたつに座らせ、食事を出す。
出してすぐ、17時30分に
僕は花子さんのところへ行く。

花子さんの食事介助と、散歩。
19時に家に戻る。

食事の片づけと、トイレ、パジャマの着替え。
19時40分ごろ布団に入れて、
僕は2階へ。

それから晩御飯を作り、
晩酌。
憩いの、時間。

21時に、1階へ行きお袋を見る。
いつも、起きている。

部屋を、はいずってうろうろしたり、
一生懸命、出しては入れる片づけを繰り返してる。
年から年中、探し物だ。



もう一度、布団へ入れて、2階へ。
そのあとも、風呂から出た10時と、
寝る前の12時には、必ず見に行く。


信じられない光景がたまにある。
体中、電気毛布のコードが巻きついていたり・・・
布団の横に立ち上がり用の介助具があるが、
その隙間に体が入っていたり・・・・

安全を確認して、
ようやく、僕も布団へ。


でも、これで終わらないんだな~
毎晩夜中に、数回電話がかかってくる。
お袋の横には、内線電話が置いてあり、
ワンタッチで、僕の寝室にかかるようになっている。

大体、1時間おき。
2時から4回の時もあれば、
3時から2回の時も。

デイサービスのある日は、
決まって、3時から7時の間に、
3回以上。

今何時?

もう起きなくてもいいの?

今日は何かあるの?

そのたびに、僕は下に行って、
お袋を、布団に入れる。

2世帯住宅なので、
下に行くには、毎回、玄関から外に出て、
隣の玄関から入らなければいけない。

寒い日は、完全に目が覚めてしまうんだな~


在宅のころの花子さんを思い出す。
電話にしても、生活面のすべての介護。

同じことを繰り返している。

1階に降りて寝起きを同じ部屋にするのも考えるが、
やっぱり、一杯飲んで気の休まる時間がほしい。

ぼ~~っとする時間も必要。

2階でくつろいで、ベットに寝かせてもらってるのだから、
電話がかかったら、見に行くぐらいはしないと。

電話を掛けられるうちは、
お袋に、頑張ってもらおう。



でも、寝不足はきついな~


これまで要介護3の時は、
サービスの利用は、ぎりぎりだったが、
4になって、増やすことが出来る。

お袋のためにも、
そして、僕のためにも考えて
上手に使う。

では、晩御飯
花子さんは、鮭のクリームソース定食

鮭のクリームソース定食 

僕は、カジキマグロのムニエル。
野菜を少しづつ。
お酒は、名もない白ワイン

カジキマグロのムニエル 

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久しぶりの、続けて更新なのに
厳しい状況ばかりで、申し訳ない。


お袋の進行が、急激だ。
まあ、88歳の高齢なので、仕方ない。

排せつ、記憶障害、疑惑、不審、
過剰な食欲、反面拒食
自己嫌悪、嘆き、自殺願望・・・

いろんなことが頭の中で泳いで、
お袋自身、自分が振り回されている。



でも、つくづく思う。
花子さんの認知症対応で、
経験を積んでて、よかった。

これが、急に親の認知症と向き合うと、
混乱、拒絶、怒り、拒否・・・・

いろんなことがあったと思う。



排せつの失敗で、
いかに、本人の負担なく、
平然と、普通のように処理するかなんて、
平気に、行える。

たくさんの、認知症周辺症状のトラブルがある。
でも、理由がわかっているから、
大げさにせずに対応できる。


認知症介護で大事な、
その時、その場をやり過ごす
役者になる。

その中で、愛情だけは、降り注ぐ。


経験が、ありがたいというか、
そんな経験は、いらないよ、
と思うか。



複雑なところ、


でも、認知症の介護は、
本人に合わせるのが必要。

そこいらへんを学んでて、よかった。




なんたって、親思いの、
いい人ぶっているから。



では、晩御飯。

たまにはお袋の食事もいれたいが、
写真を撮る余裕がない。

で、
花子さん。
友禅豆腐定食。
よくわからないが、豆腐をの中に色々入っていて、
蒸している。
つまみ食いすると、美味い。

友禅豆腐定食 

僕は、秋刀魚が安かったんで、買ってみた。
今は、冷凍なので、煮たら、めちゃ旨かった。
あと、湯豆腐に、野菜入り。
お酒は福島の大七、生酛

秋刀魚の煮魚





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2月19日はお袋88歳の誕生日。

米寿を迎える。

日曜日に、ファミリー全員が集まってお祝いをした。
星子さんのお母様も参加してくれた。

全員で11名。

家族全員と言っても、一人足りない。
お互いに大好きで、気遣いをしあう仲。


花子さん。


今回は病院から連れて来ようとは思わなかった。
今の症状では、外出はとても無理。
皆の中で楽しむより、
外に出る苦痛を与えてしまいそう。


いつも、僕がついているから大丈夫。



米寿。


せっかくのお祝いなので、
子供、孫を全員参加させたい。

でも、それぞれの仕事の業種が全く違う。
日曜、祭日でも休めない仕事もある。
休みが決まるのが、2週間前もいる。


前から予定を組み、
皆が揃えるのは、
ピンポイントで、2月8日だけ。

少し早いが、その日に決め打った。



成田、足柄、東京、横浜から12時に我が家に集合。
蕎麦懐石を出す、料理屋さんに行った。

お袋、すごく喜んでいた。
お祝いができて、本当に良かった。


2週間前に、またあばら骨の骨折をしてしまった。
前回は左で、今回右。
ようやく治ってきたというのに。

  デイサービスの帰り、
  車から降りた時、
  左手はヘルパーさんが
  握ってくれたが、
  右手を門扉に手をかけた。
  門扉が動いてしまい、
  しりもちをつく。
  その時、取っ手にあばら骨をぶつけ、
  折れてしまった。

胸の痛みもあり、
歩けなくなったことに、
お袋は悲観して、すごく落ち込んでいた。

毎日のように、泣いている。
死にたいと口走る。


皆が集まり、それぞれプレゼントを持ち寄り、
優しい言葉がけ、励まし。
美味しい料理。

感激して、何度も何度もお礼を言っていた。
喜びがあふれていた。



プレートには

「おばあちゃん、
 長生きしてね」


と書いてもらった。




料理の写真と集合写真は、
別のカメラ。

今回アップできないので、
お祝いとは関係なく、
晩御飯。

花子さんは、蒸し魚定食。
アンパンマンのふりかけ。
(プレートの横に置いてある袋)
ふりかけの前、花子さんに袋を見せて、

ほら、アンパンマン。


と言うと、いつも、ゲラゲラ笑う。
最近は、笑いを引き出すのには、アンパンマン。

時には、笑いながら、

バカ、●△○■・・・

と言う。
多分、

バカ言ってんじゃないの。
子供じゃないんだから


と言っていると思う。

魚蒸し定食

僕は、たまには贅沢、
サーロインステーキ。 
お酒は、名もない赤ワイン。

サーロインステーキ


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あるところ宛に、
平成27年1月12日時点の、
我が家の状況を報告する必要があり、
箇条書きでまとめました。

これから先、振り返って見直すとき
自分の参考にもなるので、
ここにも載せておきます。

長いので、適当に読み飛ばしてください。



  1.  妻は現在要介護5になり、病院へ入院して
    います。
    すでに4年になりました。重度の状態になり、
    生活面はすべて介護が必要です。
     一人で食事をすることができませんので、毎
    日17時半に病院へ行き食事介助をしています。
    昨年は、年間310回以上病院へ通いました。
    (1週間に一度行かなかったと計算。多分もっ
    と行っていると思う )
     2回誤嚥性肺炎があったため、食事はミキサ

    ー食を勧められていますが、私が介助をするとい
    うことで普通食のままにしていただいています。
     病院は精神科のためリハビリがないので、私が
    行ったときは、毎回車椅子から降ろして歩行運動
    をしています。
     病院へ行かないと、体力、感情ともに症状が急
    激に落ちてしまいますので行って介助をする必要
    があります。

  2.  母を在宅で介護していますが、状況が厳しくな
    ってきています。
     母は今年の2月で88歳になります。元々持っ
    ている難病指定の持病があり、歩行困難から車椅
    子で生活をしています。食事は自分で摂ることが
    できますが、それ以外は、着替え、排せつ、食事
    の準備、就寝等、生活面全般にわたって介護が必
    要です。
     認知症も進行してきておりアリセプト5mgを服
    用しています。見当識障害、うつ症状が出ていま
    す。
     他にも、心臓肥大、高血圧、腎臓病、骨粗鬆症、
    卵巣肥大等の病気を抱えていて、毎週一度は病院
    に通っています。その時は私が付き添いで、診察、
    検査があり、いつも一日掛かりになってしまいま
    す。
     一人にすることができないので、週4日のデイ
    サービス、ヘルパーを使っています。私が留守を
    する時には臨時でサービスを入れて見守りをして
    いただいている状態です。
     寝室は別の部屋ですので、19時、21時、24時、
    4時、7時とトイレの世話と無事に過ごしているか
    見守りをしなければいけません。
     昨年12月に転倒からあばら骨を骨折し、2日
    前にも額と目に大きな青あざを作ってしまいまし
    た。目が離せない状況になっています。

  3.    私は社交不安障害という精神の病を抱えており、
    6年間パキシルという精神薬を飲んでいます。
     昨年4月に2か所の家族会の世話人を受けること
    を主治医に話しましたところ、依存症が出ているの
    で、ドクターストップになりました。
     頼まれごとがあると自分のことを考えずに受けて
    しまい、それをこなすことで達成感の自己満足が起
    こり、限度を考えることができなくなるとのことで
    す。他人から評価されるのに喜びを感じ、そのこと
    に依存してしまう症状だそうです。
     当初はそんなことはないと思ってドクターストッ
    プを無視していましたが、1年たった今は主治医のお
    っしゃっていたことを感じています。

  4.  現在精神科のほかに内科にも通院をしており、高
    尿酸血症(痛風)、高血圧、高脂血症の薬を服用し
    ています。

  5.    私はまだ現役で働き、30年間続いている会社の
    社長をし
    ています。但し社員はいなく、一人で経営
    から営業まですべて行う個人企業です。
     両親(父は一昨年他界・脳血管性認知症)と妻の
    介護の忙しさから、仕事よりもどうしても家族の介
    護優先になります。10年前と比べると売上金額は
    1割になってしまいました。
     3年後に受け取れる年金も国民年金のためわずか
    な金額(月65,000円)ですのでまだまだ収入を得な
    ければならず、不安な状況です。


なんか、コピペしたのを読み返してみると、
すごく恥ずかしい状況。

消しちゃおうかと思ったが、
まあ、いいか。

これが現実だから。

でも、あまり悲壮感はない。
花子さんが初期から中期の時は、
不安と絶望感でいっぱいだったが、
今は、

まあ、なんとかなるだろう。

と、その日一日が無事で終わればなにより。

家族会のお手伝いも、生きがいを感じているし。


気分直しに、晩御飯。

花子さんは、インド風サバ焼定食。

サバ焼のインド風 

僕は、水餃子鍋。
前に作って冷凍しておいた手作り餃子を使った。
お酒は、黒霧島のお湯割り。
水餃子鍋 

 

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お袋の耳の聴こえが悪くなってきた。
特に、右耳が聴こえない。


デイサービスで、俳句クラブがあり
そこに参加しているが、

先生が、口をパクパク動かしているだけで、
何も聴こえない。

と、訴えた。

昨年11月に、26万円かけて、
両耳の補聴器を買ったが、
わずか、1か月で両方ともなくしてしまった。

それ以来、補聴器はつけていないが、
耳が聴こえないことで、
意欲がなくなり、
注意力、判断力も落ちている。

もう一度、補聴器を買いに行くことにした。



横浜駅の近くにある補聴器屋さん。
親父の時からお世話になっている。

検査をしたら、昨年11月と比べて、
非常に悪くなっているとのこと。

耳掛けタイプの補聴器だが、
耳穴の栓を、音漏れしないように、
型取りをして、専用のを作らないと、
聴こえないだろうとのこと。

補聴器屋さん、
耳の中をのぞく。

耳垢がだいぶ溜まっていますね。
耳鼻科に行って、
取ってもらった方が良いかもしれません。
そのあと再検査をして、
耳に合う補聴器を作りましょう。


わざわざ耳鼻科のDr.に、
説明書とデータを書いてもらった。



その足で、すぐに耳鼻科に行く。

耳垢を診てもらう。
先生は、取ろうとしたが、途中でやめた。

だいぶ厚く溜まっています。
固くなっていて、このまま取ると傷をつけてしまうので、
次にしましょう。

次回来る前の日に、朝、昼、夜、寝る前と、
4回薬をつけてください。
来る日の朝、1回つけてから来てください。


処方箋をもらった。


お袋は、デイサービスの休みの日は、
火曜日、金曜日、日曜日だけ。

耳鼻科も年末の休みに入ってしまうので、
26日に行ってきた。

では、取りましょう。

まず、聴こえない右側から。
先の細い吸引器を差し込み、
垢を吸いだす。


大量に、取れた。
もう一度。
またもや大量。
3回目。
変わらないくらいの量が取れる。

左側。
1回で大きな垢が取れる。

びっくり。

耳垢ってあんなに溜まるんだ。

そしたら、お袋。

すごくよく聴こえる!!

大喜び。

加齢からくる難聴はしょうがないが、
今まで、ふさがった感じで聴こえなかったのが、
すっきりして聴こえるようになったようだ。



まさか、耳垢で難聴とは。



親切に紹介状を書いてくださった補聴器屋さんには、
行かないで済みそう。

年が明けたら、お礼だけでも言いにいかねば。


では、晩御飯。
花子さんは、八宝菜定食だったので、
中華丼に。

八宝菜定食→中華丼 


僕は、鶏のから揚げを作ってみた。
にんにく、しょうがたっぷり。
お酒は秋田の、春霞。


鶏のから揚げ


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毎日の介護で、忙しい日が続いている。

親父を見送り、
ランちゃんも去って、
4人介護が二人になったけど、
花子さんとお袋の介護、仕事、家族会の世話人、
やることいっぱいだ。



先週の初め、お袋の付き添いで、
大学病院へ行ってきた。

9時に入り、
血液検査、尿検査、レントゲン、心電図、

泌尿器科診察、

精神神経科診察

リウマチ科診察

帰る前に、次回のために、再度レントゲン。
家に戻ったのは、3時過ぎだった。



そして、次の日。
近所の整形外科へ通院。

車椅子に乗っているので、
間接が固くなり、筋肉量が落ちているため、
週に一度のリハビリ。



おまけに、一昨日、

息を吸うと胸が痛い

というので、
整形外科へ診察に行ったら、
肋骨右5番6番が、骨折していた。

大きな骨折ではなく、
竹にひびが入っているような状態。

湿布をして、サポーターを巻く。

今、1か月に一度、
骨粗鬆症の注射を打っている。
レントゲンで骨を見ると、
透けるように、スカスカになっている。

夜中に、トイレに行くとき、
起き上がって、転んだようだ。



骨折の痛みと不自由さで、
気持ちが、極端に落ち込んでいる。


朝、

今日、病院へ連れていってくれない。

外科は処置をしてもらったので大丈夫だよ。

違う、内科に行きたい。
今日あたり死にそうなので、
入院をしたい。


大丈夫だよ。
体は元気だから。
疲れているんだよ。
今日は何もないから、
ゆっくり寝ていな。



成田に住んでいる弟から電話があった。

さっき、お母さんから電話があって、
顔を見たいから午後来れない?
って言ってるけど、大丈夫??

大丈夫だよ。
怪我をして落ち込んでるだけだから。




お袋は、週に4回デイサービスに行っているが、
行く日は、朝から自分で起きて、着替えをする。

口紅まで塗って、1時間ぐらい前から待っている。

でも、デイサービスがない日は、
起こしても、寝ているだけで、

今日あたり死ぬ気がする。


と言って、落ち込んでいる。

ゆっくり寝かせ、
昼食を作って食べさせると、
ようやく元気が出る。

お袋は、ものすごく気を使う人で、
休みの日は、前日のデイサービスの疲れで、
ぐったり。

でも、デイサービスに行く緊張感は、
お袋にとって、元気の維持になっている。


きついかもしれないが、
様子を見ながらもう少し続けていく。



花子さんは、元気です(^.^)


さて、晩御飯。
花子さんは、小判焼定食。

小判焼定食 

僕は、鯛の兜焼き。
冬の定番、湯豆腐。

鯛の兜焼き



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今日は、お袋と、花子さん、僕の
3人分の服の入れ替えをした。

いつも、7月、11月の夏冬真っ最中に
ようやく入れ替えをするが、
今季は、早い。



お袋の入れ替えは、簡単だ。
親父が使っていた箪笥が空いたので、
すべての服が、引出しに入っている。
冬服の入れてある場所と、夏服の場所を
交換するだけでよい。

それでも、いらなくなった服や、
汚れたまま隠してある服を見つけながらだ。

しまった後は、すべての引き出しに、
黄色いボール紙に黒マジックで、
中に入っている物を、大きく書いておく。

洗濯をして、たたんでしまうのは僕の仕事だが、
お袋が自分で出すと、
どこに何があるか忘れているので、
服や肌着が、全部外に出されてしまう。



僕と花子さんの服は、
押入れの衣装ケースから、運び出さないといけない。
振り分けて、引出しに納める。

花子さんが外出をしたのは、もう1年前だ。
昨年、家族会で、
皆さんと蕎麦祭りに行って以来、
外出ができなくなった。

今年、10月1日にも蕎麦祭りがあり、
ご本人、介護家族、サポーター達と行ってきた。

僕は一人で。
今回は、サポーターの役目。

昨年行った時も車椅子だったが、
誤嚥性肺炎を繰り返し、
ベッドに横になっていることが多くなり、
足の力が弱まって、
外出ができなくなった。

ちょうど1年間、外に出かけていない。



去年の冬服、今年の夏服。
毎回、僕の服と一緒に、入れ替えている。
でも、着替えることがないまま、
また、交換だ。

花子さんの服を入れ替えながら、
毎回、

この服は、大好きだったな~

これを着て、箱根へ行ったっけ。

この服は、値札が付いたまま、もう何年も経ってるな~

食事に行くときは、いつもこれを着てた。


なんて思いながら、
にやにやしたり、
しんみりしたりで、
服を出す。



冬服が納まった。


花子さん、
また、袖を通してくれるかな。


さて、晩御飯。
花子さんは、肉団子定食

肉団子定食 

僕は、野菜たっぷりの激辛マーボ豆腐と、手羽元焼。
お酒は、京都の古都の雫

マーボ豆腐 

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