認知症と関係ない記事で、
ごめんなさい。
 
あと、2~3回続きそうです。
間に、花子さんの話も入れます。
 
逆だ。
花子さんの話の間に、
事故のことも。
 
 
 
5月14日
 
12時半に、大学病院へ行き、退院手続きをした。
13時半に、ドクターカーの、救急車に乗る。
  
親父が寝かされ、お袋、花子さん、僕も同乗、
サイレンを鳴らしながら、T病院へ向かった。
 
到着時、まだ混乱があった。
看護師に、着替え、尿瓶での尿、寝具等の世話を受ける。
 
ソーシャルワーカー(社会福祉士と、精神保健福祉士を呼ぶ)
と、今後の打ち合わせ。
 
これからのことを、どのようにお考えですか。
 
家族としては、怪我が治り、
トイレなども、自分で出来るようになったら、
早く、家に戻してあげたいと思います。

 
それは、難しいと思います。
高齢ですし、大きな怪我をすると、
肉体的に、回復は難しいです。

 
このまま、ベッドの生活になる可能性もあります。
退院後は、施設の入居も、
考えに入れておく必要もあります。

 
施設のパンフレットを見せられた。
 
ソーシャルワーカーは、
親父と看護師のやり取りを、じっと見ている。
親父は、かなりの世話を、かけていた。
 
病院側としても、一人の患者さんに
付きっきりになれないので、ご家族に見ていただくか、
ヘルパーを、付けて頂くようになります。 
 
今日一日ご様子を見て、明日からどうするか、
もう一度、ご相談しましょう。
 
入院中は、一日も欠かさず、毎日見舞いに行った。
花子さんも一緒。
お袋も行くと言っていたが、
一日置きに、させた。
 
僕の車に乗って、往復といっても、
疲れは、たまる。 
 
Dr.から現在の症状と、
これからのことを聞くたびに
落ち込んでしまう。
 
毎日が、きつい。
朝起きても、疲れが抜け切れていない。
 
花子さんのこと、家事、親父の段取り。
そして、後回しになっている、
下降気味の、仕事。
心も、体も疲れきっていた。
 
 
 
5月15日
 
重い足取りで、夕方見舞いに行った。
親父は、ベッドに座って、にこやかに迎える。
抑制のベルトは、はずして横に置いてあった。
 
このベルト、どうしたの?
 
邪魔だから外したよ。
 
気分はどう?
 
スッキリしてきた。
 
トイレは?
 
さっき行ってきた。
 
一人で?
 
そうだ。
 

 
どうした???
 
意識がいつものように戻り、元気になっている。
 
すぐ、看護師さんのところへ行った。
 
昨日の夜は、どうでした?
 
せん妄という説明がありましたが、
ゆっくり寝ていましたよ。

 
歩って、トイレに行けるんですか? 
  
間に合わないで、失敗することもありましたが、
自分で行かれてます。

 
たった1日で、驚異的な、快復を示す。
前の病院の時の症状と、まったく違う。
まだ足はしっかりしていないが、
手すりをつかまりながら、トイレに行ける。
病院に入院していることの、自覚もある。 
 
転落時のことは覚えていないが、
その前後、昔のことは、はっきり覚えている。 
 
 
 
5月17日

意識は、入院前とほとんど同じように快復する。
 
頭に強い衝撃を受けたので、
認知症の症状は出ている。
年相応の状態だろう。 
 
歩行は、しっかりしだした。
トイレの失敗はまだある。
トイレに行く途中、間に合わないことがある。
看護師さんに内緒で、自分で始末している。
 (看護師さんは、すべて分かっているが)
トイレに行こうとしたり、
自分で歩いて、水を飲む努力をしている。
 
驚くほど快復してきた。 
 
 
 
なぜだろう?

一番考えられるのは、環境変化だ。
ICU、救急病棟の6人部屋から、
個室に移り、ゆっくり出来たのだろう。
 
自宅は、
親父の寝ている部屋は、
障子で仕切られ、
隣にパソコンがある。
 
パソコンからは、米粒程度の、
小さな光が出ているが、
障子越しの、それが気になり、
ダンボールで光を、ふさいでいる。
 
シーツと毛布は、きちんと引っ張り、
シワ一つない。
 
ちょっとの物音でも、怒り出す。
 
こんなに、神経質な人なんで、
怪我をしているとはいえ、
明るく、騒がしい部屋で
寝られなかったのかもしれない。
 
 
あとは、
なんと言っても、生命力が強い。
 
大正6年生まれなので、戦争を体験している。
 
徴用されて、硫黄島に行き、船の下敷きになって、
死ぬところだったらしい。
そこから生還。
 
次に徴収されて、満州。
500人の部隊で、わずかの生き残り。
 
終戦間際に、ソ連軍が入ってきて、
シベリアに抑留され、
3年半の強制労働。
 
ここでの苦しさを思うと、
何でも大丈夫。
ホームから落ちた程度で、死ぬわけない。
 
らしい。
 
この話を、何回も聞かされた。
Dr.、看護士、リハビリ患者も、皆聞かされて、
有名人になっていた。
 
 
親父の回復にあわせ、
僕も元気をもらえ、辛さが軽減されてきた。 

 
 

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