前回の、父が他界した記事を読んで頂き、
たくさんの方から、お悔やみ、励ましのコメントをいただきました。

コメントでなくても、カウンターを見れば、
大勢の方が気にして頂いた、
激励を感じます。

僕がブログをやっていて、良かったと思ったことは
今までもたくさんあります。

今回は、本当に感謝しています。

続けて良かった。

こんなに温かい人たちに恵まれ、
幸せに思います。

ありがとうございました。



亡くなってから、葬儀、明日で十四日。
たくさんのことがありました。

追々、書いていきます。




葬儀には、花子さんの兄弟も来てくれた。

花子さんの実家は茨城。
4人兄弟、お兄さん3人の末っ子一人娘。

貧しい農家(自分たちが言っているので、
   失礼ながらそのまま書きます)
だが、愛情たっぷり、かわいがって、育てられた。


葬儀は、火葬場の都合で8時半からだった。

長男夫婦、次男夫婦がそれぞれ自分たちの車で、
朝4時出発。
4人で来てくれた。

残念ながら、花子さんは欠席。
今の症状だと、長時間じっとしているのは難しい。
 

僕の高校時代の友達は、
タロウの結婚式の時のように、
付き添う気持ちでいてくれたが、
とても持たないので、非常に残念ながら、欠席にした。

でも、せっかく来てくれたお兄さんたちには、
会わせたい。

葬儀、初七日法要が終わってから、
タロウに運転させ、お兄さんたちを病院へ連れて行った。

僕が行きたかったけど、
抜けるわけにいかないので、息子に任す。
 


病院へ着いたら、兄さん夫婦4人をロビーに待たせ、
タロウが病棟に入り、花子さんを外に出した。

認知症専門病院の、病棟。
僕達は平気だが、兄さん達は慣れていないのと、
回りが気になり、話もできないだろうとの判断。

タロウが病棟に入ると、看護師さんから、

今日は、花子さん、あまり機嫌がよくないんです。

と、言われたらしい。
怒りモードだった。

タロウを見て、ほんの少しだけ、表情が落ち着く。

病棟から出て、ロビーに行く。
タロウが言うには、

お兄さんたちの顔を見たら、明らかに表情が変わったよ。

花子さん、懐かしい顔を確認できたようだ。
良かった。

でも、兄さんたちは、結婚式の頃から比べ、
あまりの変わりように、驚いたみたいだ。

それでも、笑顔が出たらしい。
励ましてくれて、
茨城へ帰った。



その日の夜、
兄さんのところへお礼の電話をした。
義姉が出た。

花子ちゃんに会えてよかったよ。
花子ちゃん、私の手を握って、

「おかあさん」って言ったんだよ。

お母さんと言うとは・・・
明快に聞き取れる、言葉が出るとは・・・

兄さんたちが、茨城の空気を運んでくれた。



涼しくなったら、茨城へお墓参りに行こう。


       
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9月14日 午前3時40分
携帯電話の音に飛び起きた。

お父様が、心肺停止になりました。
今から病院に来れますか。


すぐ伺います。

1階に寝ているお袋をおこす。

お父さんが危険な状態らしい。
これから病院へ行くけど、どうする?


私も行く。

着替えさせて、車に乗せた。
病院までは、車で10分。
着いたら総務課の人が待ち構えていた。
すぐに、病棟へ。

ナースステーションに向かう。
心臓のモニターは、
ツーー
という音で、上下に動かず、直線だった。

病室に行く。
親父の顔色は、まだ赤みがある。
顔を触っても、手を握っても温かい。

お袋と僕で、大声で呼びかけ、
体をゆすっても、
目は開かなかった。




8時間前、お袋と二人で、病院へ行った。
僕が、花子さんの食事介助をしている間、1時間、
お袋は、ずっと親父に話しかけていた。

親父は目を明けなかったが、
僕たちが来ているのは、間違いなくわかっていた。
うなずいたり、口をもぐもぐしていた。

亡くなるときに立ち会えなかったが、
その前に会えたことで、お袋は満足していた。



大正6年生まれ、96歳。
天寿を全うし、悔いのない人生を楽しんだ、
大往生だ。


皆様にはご心配を頂き、
本当にありがとうございました。


花子さんは9月に入り、
徐々に、調子が良くなっている。

前傾が少なくなって、体が起きてきた。

僕が行ったときは、車椅子から降ろさせ、
一緒に散歩をしている。

今日は、手を放して、一人で歩けた。
10分だが、ようやく戻ってきたと安心。

車椅子に乗っていたのが2ヶ月間なので、
足の力が落ちているため、
まだ完全に、車椅子から離れることはできない。

歩くときにバランスを崩すと、
足腰で支えられないので、転んでしまう。

昼間も作業療法士の方が、
一緒に歩いて、リハビリをしてくれている。

筋肉がつけば大丈夫だ。



そして、窓から外を見ることができるようになった。
これまでは、首が下に向いていたので、
窓越しに外を見れない。

外に出て景色を見ても、、
焦点が合わず、花、木がわからなかった。

今は、窓から景色を眺められる。
竹の青さ、
百合のかわいさ、
澄んだ空をちゃんと認識できて、
喜んでいる。


目線より上を見れるようになったのは、
すごい、快方だ。



良かった・・・



やはり夏の暑さと、水分の影響と思う。
9月になって、まだ暑い日もあるが、
外ではちゃんと、秋の虫の鳴き声が聞こえる。
人の体も、季節の変化を感じ取る。



今日の花子さん。 

2013年9月10日  

微笑んでいると、
とても要介護5には見えない。



僕が病院へ行って花子さんに話しかけるのは、
決まり文句。

元気だね。

良かったね。

みんな、優しいね。

美味しいね。

嬉しいね。

幸せだね。

そして、必ず声を出して笑いかける。

笑いは伝染するんだな~
花子さんも、笑顔で答えてくれる。

決して、マイナス言葉は言わない。

心配ないよ。

これもダメなんです。
心配」は、不安を呼ぶ。
ないよ」は、否定の言葉。

認知症の人は、言葉の流れではなく、
一言が、印象に残る。

嫌?

怖い?

もダメ。
相手から出てくる返事は、
うん」だから。

暗い気持ちになる言葉を使わないだけで、
とらえ方が、全然違う。

あとは、笑顔だな。
笑えない状況で、ひきつった笑顔になるかもしれないが、
笑っていれば、安心する。



さて、晩御飯。

花子さんは、鮭の野菜あんかけ定食。

鮭の野菜あんかけ定食 

僕は、豚肉の冷しゃぶと冷奴。
共に、薬味たっぷり。
お酒は、神奈川の相模灘、
純米吟醸 雄町 生原酒


冷シャブ  
   
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病院から電話がかかってくると、
ドキッ!!!
とする。

花子さんと親父は、同じ病院に入院している。
連絡先は、僕の携帯電話にしているので、
呼び出し音がなると、まず相手先を確かめる。

病院の名前。
病院からの電話は、まず総務課から掛かってくる。

はい、スリブリです。

○◎病院です。
病棟に変わります。


どちらの病棟からか、まだわからない。
花子さん、親父共、少しの変化があると、
必ず電話をくれる。
今まで回数は、同じくらい。

もしもし、
お父様のことでお知らせがあります。
いま、先生と変わります。


ようやくわかって、
次になんという言葉が出るか、
心構え。

今日の昼から急に熱が上がり、
今、40度あります。
呼吸も苦しそうで、肺炎の疑いがあります。

これから病院へこれますか。

お袋とすぐに病院へ向かう。

先週の日曜のことだ。

苦しそうな表情で寝ていた。
点滴、酸素、心音確認は、これまで通り。
酸素供給量が、5ℓになっていた。
これまで2ℓなので、かなり多い。

口には、痰を取りやすくするために、
ホースで蒸気を送っている。

当直のDr.から説明を受けた。

おそらく誤嚥性肺炎が起こったものと思われます。
点滴なので、口から食べ物を入れてませんが、
痰、唾液で誤嚥になることがあります。

今、抗生物質を入れ、酸素量も多くしました。
痰を、できるだけ取るようにします。
熱が下がらないと、危険な状態です。

お袋はボロボロ泣いている。
ただ、今すぐに急変はなさそうなので、
しばらく付き添ったが、
お袋を連れて、一度家に帰る。

僕は、17時にもう一度病院へ行く。
花子さんに晩御飯を食べさせ
いつもの介助をしてから、
親父の病棟へ。

痰がたくさん取れました。
今は、熱は38度まで下がりました。
脈は安定しています。
何かあったら電話をします。

親父の寝顔を確認して、
耳元で、声掛けをして帰る。



先月から、携帯電話はいつも枕の下に置いてある。
夜中、熟睡してしまい、音に気が付かないといけないので、
バイブレーターを最大にして起きられるようにしてある。


翌日の月曜日、お袋を連れて、もう一度病院へ。
主治医に面会した。

熱は37度まで下がりました。
レントゲンを撮ったら肺炎はなさそうです。
落ち着いています。

ですが、、高熱の負担が体にかかり、
心臓が弱くなっています。
今日、明日が山かもしれません。



これまでDr.と面談すると、
毎回、2、3日が山といわれている。
危険な状態が続いている。
でも、親父は頑張っている。


Dr.、看護師も、親父の生命力に驚いている。
ここまでたくさんの危機を乗り越えてきた人は、
あまり見たことないそうだ。


今週の木曜日は、若年認知症家族会「彩星の会」の
一泊旅行があった。

親父に何があるかわからないのと、
お袋を一人にさせられないので、
旅行はキャンセルした。



点滴だけで、もう1か月になる。
ある程度は、命の維持はできるが、
栄養分、電解質は落ちている。
口から食べられなければ、寿命が決まってくる。

最近、むくみが出てきたので、
今、1000mlの点滴だが、少なくすることも必要になる。
そうなると、益々命が限られてくる。

昨日あたり、親父は僕の励ましに、

ア~

と言って、答えた。
口をパクパクしている。

病院では、誤嚥性肺炎になる恐れが強いので、
口から食べさせるのは、考えていないと思う。

昨日看護師さんにお願いした。

今は、口から食べるのは無理と思います。
ただ、スプーン一杯でも、半分でも構わないので、
甘いものを含ませることはできませんか。

父は、甘いものが大好きだったんです。
とろみを強くして、少しでも危険をなくして
少量でも、口に入れてあげたいです。

それによって誤嚥性肺炎になっても、
覚悟はします。

わかりました。
来週、先生に聞いてみましょう。




このまま点滴では、徐々に衰弱していく。
だからと言って、96歳の高齢から、
鼻からの経管栄養、胃ろうは、考えていない。

親父は食べるのが好きだったからな~
口に入れてあげたい。


       
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