お知らせです。

茨城県鹿島病院認知症疾患医療センターで
講演会があります。

テーマ  若年性認知症の本人・家族の悩み・困難・
       抱える問題

日時   7月21日 13:30~15:45
会場   鹿島勤労文化会館 
申し込み 鹿島病院認知症疾患医療センター事務局
       0299-82-1271

鹿島病院
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もう一つ

テーマ 高齢者医療と介護の今後を考える3
     ~ 精神薬の使用【ゼロ】を目指す
        特養から学ぼう ~
日時  7月17日 13:00~17:00
会場  神奈川県相模原市
     ユニコムプラザさがみはら
資料代 1000円
申し込み 神奈川オルタナティブ協議会
       al_kana2014@yahoo.co.jp

僕は行かれませんが、精神薬の過剰投与に
関心がある方は是非どうぞ。

高齢者介護
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さて、本題
今日、認知症の人と家族の会神奈川県支部のつどいに
参加してきた。

神奈川県支部では、介護者向けのつどいを
いくつも行っているが、
今日は、
「ターミナルから看取った介護家族のつどい」
終末期を迎えた介護家族15人、
看取って間もない家族2人が参加した。

僕はこの神奈川県支部の世話人を受けている。
担当は若年性認知症。

若年性認知症のつどいでは、
司会進行、本人のサポートを行ってるが、
今回のつどいは、介護家族として
参加をさせてもらった。

3月にお袋を看取り、
終末期と言われている花子さんを介護中。

皆さんの気持ちを聞きたいのと、
僕の状況を話したくて、
初参加だ。


若年性認知症のつどいでは、
初期から中期の方が多く、
病気の受け止め、
介護の方法についてが多い。

でも、ターミナルのつどいは、
終末期の対応、
胃ろう、経鼻経管栄養、
合併症、
看取りの場所等、
深刻で、誰もが迎えなければならない
辛い状況の話が出る。

神奈川県支部の代表の、
川崎幸クリニック院長 杉山孝博先生は
どのつどいにも必ず出席される。

杉山先生から、
医療的なアドバイスをもらって、
心が落ち着く人も多い。



つどいが終わって、
男3人で、飲みに行く。

一人はKSさん。
副代表で、今月2日に奥様を看取ったばかりの方。
56歳で若年性認知症と診断され、
16年間の介護をやり遂げた方だ。


もう一人はKMさん。
今回のつどいの司会者。
この方も、若年性認知症の奥様を長年介護している。
しかも、在宅で。

48歳で発症し、現在63歳、花子さんと同じ年。
もう15年の介護だ。

寝たきりになって、
食事から、痰の吸引、排せつ、褥瘡の手当て、
介護サービスを使いがら、
すべてを一人で行っている。



お二人とも尊敬する先輩で、
たくさんの助けを頂いて、
僕の介護がある。

これまでも何度も飲みに行き、
多くの話を聞いている。



今月に看取ったばかりのKSさんが話してくれた。

特養に入っていたが、
誤嚥性肺炎から病院へ移った。

これまでも厳しい状況で、
いつ最期を迎えても、おかしくないと言われていたそうだ。

病院から戻るとき、
Dr.からあと、1週間と言われた。

Dr.の診察通り、1週間目で危篤状態なった。

KSさんはすぐ特養へ行き、そばに付き添った。
それから、2日間奥様は頑張った。

その間、
KSさんは、奥様の横で、

知り合った時のこと、結婚、
2人の生活、子供、旅行、楽しかった思い出、
ず~っと話し続けたそうだ。

2日間、ずっと。

楽しかったな~
良かったな。


と話した時、
奥様はわずかにほほ笑んだ。

わかるのか。

手を握った。

そして、その日に旅立った。


奥様は、絶対にわかっている。
KSさんに、感謝の気持ちと愛情を伝えて
この世を去ったと思う。


KMさんが言った。

もし生まれ変わったら、
誰と結婚する?


俺は、やっぱり今のかみさんだな。

KSさんも、

俺も、かあちゃんと結婚したいな。


2人とも15年の介護をしてきて、
辛いことがたくさんあった。
認知症にならなければ、
もっと楽しいことが待っていたはず。


恨んでないのか?



こんな残酷な病気は恨む。
でも、奥さんを恨んではいない。

2人とも、生まれ変わっても今の奥さんを選ぶ。



僕もだ。



では、気を取り直して、(昨日の)晩御飯。 
ニジマスのホイル焼き。
焼ニンニクと、冷奴。
お酒は、千葉の寒菊銘醸、幻の花。

ニジマス 


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まずはお知らせ。

2013年から3年かけて、
朝日新聞神奈川版で
「迫る2025ショック」と言う特集があり、
160回の連載記事がありました。

初回から15回まで
僕の介護が取り上げられ記事になりました。

その特集が1冊の本になりました。

「日本で老いて死ぬということ」
(朝日新聞出版)

この本でも、「第4章 3人介護」で
20ページにわたり掲載されています。
 ( 僕の執筆ではありません。印税はない(笑) )





ここんとこ花子さんは調子が良い。

僕が食事介助に行ったときは
車椅子に乗せ、
デイルームまで連れて行き晩御飯。

病室で食事介助をするより
デイルームの方が
食べさせる方も楽しい。

花子さんの病室は4人部屋で
寝たきりの、重度の方が3人いる。


 
僕が行かない時は相変わらず
ベッドでの食事のようだが、
車椅子でも、何の問題もない。

ぜリー食でも、
ちゃんと噛んで、ゴクンと飲み込む。
むせることは一度もない。


デイルームなので、
食事のときは、スマホからユーチューブで
音楽を流す。

ずっと前は童謡だったが、
今は、小田和正、財津和夫、そして、
懐かしのグループサンズ。

時には笑顔を出したり、
涙ぐむことも。
 
 

車椅子から立たせることもチャレンジ。
介助は必要だが、
しっかりと両足で立つ。

ついでに、10歩くらい歩かせる。

スムーズに歩けると、
うれしくて涙が出てしまう。

最近の僕は、泣き虫でしょうがない。


目もしっかりとしている。

2016年6月19日

時には、大笑い。

2016年6月19日 2 

怒ったふりもするし、表情豊かだ。


さて、晩御飯
鰹のたたき、
お酒は京都の玉乃光。

鰹にのっかっている、
ニンニク、玉ねぎ、シソは、
僕が庭で作った自家製。

鰹のたたき  

1か月前のニンニクと、玉ねぎ栽培。

ニンニク 

玉ねぎ 

ニンニクを収穫して、干しているところ

ニンニク干し 

今は、トマト、キュウリ、ピーマン、ナス、ゴーヤが
育っている。

毎日、忙しくてどうしようもないけど、
畑は息抜きです。

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6月11日、12日、
認知症の人と家族の会の本部総会があり、
京都へ行ってきた。
 
北海道から沖縄までの47都道府県の
世話人が集まり、
2日間にわたって中身の濃い会議が行われた。


二日目の午後からは、3月に
「“認知症JR列車事故”で家族に賠償責任なし」と
最高裁で逆転判決が出た、長男の方が、
一時間半講演をされた。

このことは、全国紙、地方紙で
一斉に新聞報道されたので
読まれた方も多いと思う。


長男のTさんから、
本人、家族のこと、
事故の発生、訴訟までの経過、
第一審訴訟、控訴審、上告審、
そして最高裁の判決、家族の思いが語られた。



僕たち認知症介護家族は、
第一審から最高裁判決までを注意深く見守っていた。

最高裁で「賠償責任なし」の判決が出た時は、
皆、わがことのように喜んだ。



でも、これまでのテレビ、新聞で報道される
一面だけしか見ていなかった。
あらためて、家族から経過を伺うことができ、
経緯を知ることが出来た。

そして、家族側が出した陳述書について、
JR東海側が出してきた、
 
あまりにも理不尽で、
認知症のことを知らず、
責任転嫁をした姿勢を聞き、
 
悔しくて、悔しくて、
聴きながら、

涙が止まらなかった。


Tさんから語られる、
裁判で実際に繰り広げられた
JR東海の無謀な主張に。
認知症の本人と介護家族への
偏見と誤解に、
打ちひしがされてしまった。
 
 
 
91歳で要介護4のお父様は、
デイサービスに週6日通っていたそうだ。
認知症の状態を説明するために出した陳述書に対し、
JR側は、
「デイサービスに行っていたので
(その時間は楽をしているので)、
 それ以外の時間は見ていないといけない。
 手抜きをしたので、責任は免れない」

また、万が一のために、洋服に名前、連絡先を
縫い付けていたことに対しては、
「第3者の行為に期待しただけで、
 ただの甘えでしかない」
 
他にも、
本人には意思能力があった。
専門医に受診させるべきであった。
特養などに入所させるべきであった。
施錠と身体拘束。
等々・・・

家族の気持ちを踏みにじる主張が繰り返された。

また、当時90歳(事故発生時は85歳、第一審裁判時の年齢)
で、要介護状態の妻(Tさんの母)に
執拗な本人尋問の申し立て、意見書の提出を求められた。

そうして出た、第一審判決。
家族に監督責任があるので、
720万円の損害金支払い命令。


そこから認知症に対して、
あまりの理解のなさから控訴を決意。
専門家、有識者、家族会、医療職の支援を受けて、
事故から7年間の闘いの結果、
家族の監督責任を認めず賠償の責任がない
との判決が出た。



Tさんの努力のおかげで、
私たち介護家族にどれだけの勇気を与えてくれたか。
 
最高裁の判決が出た時、
僕のところに何通もの喜びのメールが来た。
 
 
 
辛いことを大勢の人の前で、
実際に起こったこと、
生の声を届けてくれたことに感謝です。

鉄道事故 
 
マスコミには名前、顔出しNGのため、
カメラマンは後ろから写真撮影です。



一日目夜の懇親会では、
僕のブログを見てくださっている人からも
声を掛けられ、
うれしく、楽しい交流が出来ました。 


では、僕の晩御飯。
卵と野菜炒め、湯豆腐。
お酒は、満寿泉


卵と肉野菜炒め

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病院で使っている車椅子は
患者がレンタル会社と契約して借りるか、
持ち込みをする。

施設だと備品として用意してある車椅子を
無料で使うが、
病院だと有料になる。

入院中は介護保険を使えないので、
レンタルでも一割負担ではなく、
全額負担だ。

月に一万円前後になってしまう。


僕はお袋が介護保険で使っていた
事業所に直接頼み、
安く借りられる車椅子を手配してもらい、
持ち込みにしている。



これまでは普通の車椅子。
でも、座面と背面が直角なため、
前かがみになると倒れてしまう。

後ろにそると、車椅子ごと倒れる。


ティルト&リクライニング車椅子を
借りることにした。

ティルト&リクライニング 

座面の角度が変わり、背もたれも倒れる車椅子。



座らせたら、まずティルトで座面を上げる。
お尻が下がり、太腿が上がるので安定して座れる。

食事のときは、そこからリクライニング。
 
ちょうど良い角度にすると
スプーンで食べ物を運んでも
口からこぼれることなく、
舌から喉に伝わり
スムーズに飲み込むことができる。
 
 
 
でも、これは僕が病院へ行った時だけ。
朝、昼、そして僕がいけない夕食は
ベッドに寝たままで食事介助。
 
車椅子で長時間は、
体がずれて斜めになるので、
大人数に食事介助をするときは、
安全面でベッドに寝かせて介助だ。
 
また、日中はベッドに寝たままで
車いすに座ることがない。
 
 
 
そこで、少しでも車椅子の時間を
増やしてほしくて、
安定して座れるように
これまでの車椅子から変えた。
 
 
 
それが、2週間前。
 
 
 
僕が食事介助をしているところを
見せ、説明。
 
花子さんにとって食べやすい姿勢と
食べさせ方を話す。
 
ここは認知症専門病院なので、
僕の言うことなど、
基本の基本。
 
ベテラン看護師さんにとっては、
常識的なことばかり。
 
  
面倒くさくて、うるさい家族かも。
 
 
でも、聞いてくれて、
トライをしてくれる。
 
 
 
食事はやはりベッドになる。
 
でも、
午前中は、ベッドから離れ、
車椅子に乗り、デイルームで過ごすようになった。
 
 
 
ベッド生活と車椅子生活では、
意識レベル、体幹、血行、身体機能の維持は
明らかに違う。
 
車椅子だと、 
花子さん得意の
足曲げと貧乏ゆすり。
 
これだけでも大きな運動だ。
 
 
 
体調を見ながら、 
立つこと、歩くことにも
挑戦してみたい。
 
 
 
Dr.は終末期なので、
リハビリをしないと言っていたが、
今の足の力を見ると、
(車いすに座ったまま、足曲げ、
 押し込みをさせると強い力が出る)
まだまだ、可能性がある。
  
 
 
人としての尊厳は大事にしたい。
 
 
今日の花子さん
ようやく出た笑顔
(歯は修正 笑)

 
 
2016.5.31-2

 
 
では、僕の晩御飯
かぼちゃ煮、湯豆腐、ホウレンソウの胡麻和え
お酒は富山の満寿泉

かぼちゃ煮



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