6月11日、12日、
認知症の人と家族の会の本部総会があり、
京都へ行ってきた。
 
北海道から沖縄までの47都道府県の
世話人が集まり、
2日間にわたって中身の濃い会議が行われた。


二日目の午後からは、3月に
「“認知症JR列車事故”で家族に賠償責任なし」と
最高裁で逆転判決が出た、長男の方が、
一時間半講演をされた。

このことは、全国紙、地方紙で
一斉に新聞報道されたので
読まれた方も多いと思う。


長男のTさんから、
本人、家族のこと、
事故の発生、訴訟までの経過、
第一審訴訟、控訴審、上告審、
そして最高裁の判決、家族の思いが語られた。



僕たち認知症介護家族は、
第一審から最高裁判決までを注意深く見守っていた。

最高裁で「賠償責任なし」の判決が出た時は、
皆、わがことのように喜んだ。



でも、これまでのテレビ、新聞で報道される
一面だけしか見ていなかった。
あらためて、家族から経過を伺うことができ、
経緯を知ることが出来た。

そして、家族側が出した陳述書について、
JR東海側が出してきた、
 
あまりにも理不尽で、
認知症のことを知らず、
責任転嫁をした姿勢を聞き、
 
悔しくて、悔しくて、
聴きながら、

涙が止まらなかった。


Tさんから語られる、
裁判で実際に繰り広げられた
JR東海の無謀な主張に。
認知症の本人と介護家族への
偏見と誤解に、
打ちひしがされてしまった。
 
 
 
91歳で要介護4のお父様は、
デイサービスに週6日通っていたそうだ。
認知症の状態を説明するために出した陳述書に対し、
JR側は、
「デイサービスに行っていたので
(その時間は楽をしているので)、
 それ以外の時間は見ていないといけない。
 手抜きをしたので、責任は免れない」

また、万が一のために、洋服に名前、連絡先を
縫い付けていたことに対しては、
「第3者の行為に期待しただけで、
 ただの甘えでしかない」
 
他にも、
本人には意思能力があった。
専門医に受診させるべきであった。
特養などに入所させるべきであった。
施錠と身体拘束。
等々・・・

家族の気持ちを踏みにじる主張が繰り返された。

また、当時90歳(事故発生時は85歳、第一審裁判時の年齢)
で、要介護状態の妻(Tさんの母)に
執拗な本人尋問の申し立て、意見書の提出を求められた。

そうして出た、第一審判決。
家族に監督責任があるので、
720万円の損害金支払い命令。


そこから認知症に対して、
あまりの理解のなさから控訴を決意。
専門家、有識者、家族会、医療職の支援を受けて、
事故から7年間の闘いの結果、
家族の監督責任を認めず賠償の責任がない
との判決が出た。



Tさんの努力のおかげで、
私たち介護家族にどれだけの勇気を与えてくれたか。
 
最高裁の判決が出た時、
僕のところに何通もの喜びのメールが来た。
 
 
 
辛いことを大勢の人の前で、
実際に起こったこと、
生の声を届けてくれたことに感謝です。

鉄道事故 
 
マスコミには名前、顔出しNGのため、
カメラマンは後ろから写真撮影です。



一日目夜の懇親会では、
僕のブログを見てくださっている人からも
声を掛けられ、
うれしく、楽しい交流が出来ました。 


では、僕の晩御飯。
卵と野菜炒め、湯豆腐。
お酒は、満寿泉


卵と肉野菜炒め

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