4月26日から29日まで、
京都で開催された、
「第32回 国際アルツハイマー病協会国際会議」へ参加し、
昨日帰ってきた。


想像以上に、規模が大きく、充実した会議だった。


78か国から4,000人超が参加した。


午前中に行われる、6回の全大会、
午後は、並行して6会場に分かれて開かれる、
25の分科会と、
21のワークショップ、シンポジウム。


発表者は300人以上。

最新の治療やケアに関する報告があったほか、
各国の取り組み、
安心して暮らし続けられる地域社会の在り方が議論された。



なんといっても今回の特徴は、
認知症の当事者が、日本からだけではなく、
世界各国から、200人も参加したことだ。



多くの会場で、認知症のご本人が壇上に立ち、
自分たちの思い、社会、周囲の人に対する
要望が語られた。

僕はできるだけ多くの人の声を聴きたく、
ご本人の発表、家族会のワークショップに足を運んだ。



39歳でアルツハイマー型認知症と診断され、
現在43歳の、仙台に住む丹野智文さん始め、

オーストラリアから来日された、
クリスティーン・ブライデンさん。

クリスティーンさんのバトンを受けとって、
本人の気持ちを伝える、
藤田和子さん、佐藤雅彦さん、杉野文篤さん、
ケイト・スワッファーさん
 ( 僕の知っているすべての人の
   お名前を書きたいけど、
   数限りなく、書ききれなくなるので
   ごめんなさい )

他にも大勢の方が、発表された。



4日間、どっぷりと認知症の世界につかった。

頭、体、
非常に疲れた。
充実感の中に浸る。

毎晩、家族会の人たちと、
楽しい懇親会もあった。
食べ過ぎ、飲みすぎで、胃も疲れた。


でも、一番疲れたのは、財布だが (^_^;)




認知症の人と家族の会の展示ブースには、
ウエルカムボードが飾られていた。

2メートルの長さに引き伸ばされた写真。

丹野智文さんと並んで、
花子さんと僕の写真も飾られていた。
 
ウエルカムボード1 



京都へ行っている4日間は花子さんに会えない。
 
様子を見たいのはもちろんだが、
その間、口腔ケアができない。


病院では一人に対して時間をかけないので、
僕がケアをしないと、
口の中が、ガビガビになって大変なことになる。

息子が2回、
仕事が終わってから行ってくれた。
 
様子もメールで聴くことができた。
 
 
 
今日、さっそく行ってきた。
5日ぶりだ。
 
 
こんなに開いたことは、あまり記憶がない。
 
 
病室に入り、
 
花子ちゃん元気だった?

と声を掛ける。

奥様のお見舞いに来ていた、
斜め向かいのご主人が、

元気そうでしたよ。
熱もなかったみたいです。


教えてくれた。
この方も、毎日来ている。

 
隣のベッドに寝ているご婦人が、
ベッドのヘリを叩いて僕を呼ぶ。

この方は、耳が聴こえず、話すことも不自由だ。

いつも花子さんと僕を気にしてくれている。


手話で、一生懸命様子を教えてくれた。
僕もこの方と話をしたいので、
挨拶、お体の具合を聞く程度の手話を覚えた。

僕と話をするのをすごく喜んでくれる。


京都に行く前の日に、
ホワイトボードに書いて、
来れないことを伝えておいた。

安心しなさい。
奥さんは元気でしたよ。

ベッドの横に座ってリハビリがあったとき、
私が手を振ったら、見てくれたよ。

と、手話で伝えたくれた。



5日ぶりに会った花子さんは元気だった。

3、4回、奇跡の笑顔も出た。
名前を呼んだら振り向いてくれた。
 
何よりの、幸せだ。

 
20170430 

国際会議の会場では、
僕のブログの読者の人、
5、6人とご挨拶をした。

花子さんの笑顔を喜んでくれた。


では、晩御飯。

ほうれん草と鶏肉炒め、
お酒は新潟の菊水。

ほうれん草
 


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4月26日から29日までの4日間、
京都にある、国立京都国際会館で

「第32回 国際アルツハイマー病協会国際会議」
が開催される。

認知症に関する、
最も大きな会議だ。
 
 
世界80か国が会員になっていて、
毎年、国を変えて開催される。

日本では13年前に開催された。
 
 
その頃は、認知症がまだ「痴呆」と呼ばれていた。
認知症に対しての偏見が大きかった時代だ。

その会議で、57歳の越智俊二さんが
認知症の本人として、
初めて本人の思いを語ったことで
認知症に対しての認識が大きく変わった。
 
 
その会議の3か月後に、「痴呆」が「認知症」に変わった。
 
 
花子さんが認知症と診断されたのはその翌年。
12年前だ。


 
その後、渡辺謙主演で、映画「明日の記憶」の封切りがあり、
若年性認知症が知られるようになった。
 (見た感想は、ここ←に書いてある。
  11年前の日記(^_^;) 文体が違う。)


そして、今年、また日本で国際会議が開かれる。

認知症の人と家族の会だけではなく、
全国の

若年性認知症の家族会、
男性介護者の家族会、
当事者のグループ、
レビー小体型認知症のネットワーク

も連携して開催される。
 
 
80か国、参加者4000人の予定だそうだ

今年のテーマは
「認知症 ともに新しい時代へ」
多くの人が参加するシンポジウム、
ワークショップ、ポスタープレゼンテーションがある。



僕も、26日から29日まで、
京都に行く。


そして、なんと、
海外からの参加者向けの
三つ折りリーフレットの表紙が、

なんと、なんと、

花子さんと僕の写真だ(@_@;)
 
国際会議リーフレット  
 (クリックすると大きくなります)
  
 
 
家族会のつどいに二人で参加した時の写真。
近くの公園での観梅。
その時のこともここ←(クリック)に書いてある。


4年前、
すでに入院している。
要介護5とは思えない笑顔。
 
こんな時もあったな~
 
 
たった、4年なんだ。


なんだか、

短い間に、
あまりにも、色々なことがありすぎて、

 
 
遠い昔に感じる。
  
 
では晩御飯。
豚肉の味噌漬けを焼いてレタス包み。
前の日の残りの、里芋の煮物。

豚肉のレタス包み
 

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前回の日記で、
19歳の時から付き合い始めたのを書いた。

そして、結婚したのが23歳。

4月10日が結婚記念日。
昨年が、40年目のルビー婚

41年目に突入だ。

今でも隣に座ってくれていることに

感謝する。
 
ツーショット    
 
ちゃんと僕を見た。
 

少しやつれた表情に見えるかな。
 
3月の体重測定の数字を聞いた。
29.6kg
 
2月 29.8kg、1月 30.7kg
昨年の11月が、27.1kgだった。
 
低体重に変わりはないが、
9月~11月に比べれば2kgも増えて、
維持されている。
 
中心静脈栄養だと、これ以上の増加は難しい。
 
 
 
最近、僕が毎日行っている口腔ケア・リハビリの成果が
出ていると思う。

つばをゴクンと飲み込む。
喉ぼとけもしっかりと動く。

むせることはない。
 
嚥下機能の回復が見れる。

痰の吸引はあるが、唾液の吸引は少なくなった。


ST(言語聴覚士)、看護師に伝える。
Dr.が来た時、話してみた。
 
でも、病院としては何もリハビリをしていないので、
機能が良くなるはずがないとみている。
家族が素人療法で、リハビリをしているだけだからな。

花子さんのリハビリに関しては、
一番のプロだが。

Dr.から、

今度調べてみましょう。

の言葉はもらう。
一応・・・



機能が回復しても、口から食べられるところまでは無理だ。
ただ、唾液誤嚥性肺炎のリスクが少なくなる。

それで十分。

あとは、味見程度に、舌に何か乗せたい。


では、晩御飯。
秋刀魚と、里芋、手羽元、人参の煮物。
作るときは、たっぷり。
2日半分のおかず。
熱燗は美味い。

里芋の煮物 

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なかなかテレビをゆっくり見ることができない。

晩飯は毎日作っている。
作りながら、ビールを一缶。

出来上がったのをテーブルに置く。
毎日、2品。
そこから、日本酒。



テレビをつける。
なんだか、ガチャガチャしている番組が多くて、
いつも、録画を再生。



今日の晩飯のとき、
4月から始まった、NHKの朝ドラを見た。
続けて、2話。


なんだか、引き込まれた。


同じ環境に育った、
花子さんのことを思い浮かべる。



花子さんは、茨城の生まれ。

4人兄弟。
上3人は兄さん。
末っ子の一人娘。


家業は農業をやりながら、植木職人。
裕福ではないが、
周りの愛情をいっぱい受け止めて、
のびのび育った。


兄弟、大勢の従兄弟、
そして、今の世代では、甥っ子、姪っ子。

全員が、生まれ育った茨城の地で生活をし、
家族とともに暮らしている。



でも、たった一人、
花子さんだけが、東京に出てきた。

高校を出て、就職し、女子寮での生活。



末っ子の一人娘を送り出す親は
どんな気持ちだったんだろう。

不安で、寂しくて、
いたたまれなかった思う。



僕は花子さんが働いていたデパートに
アルバイトへ行き、
付き合い始めたのが、
19歳。


20歳の成人式の時に、
親から送られた着物を着て、
初めて、二人で茨城へ行った。

僕も、成人式のスーツ。
成人式会場に行かず、茨城へ。


その時を思い出すと、
親、兄弟の深い愛情を
ひしひしと感じた。



花子さんは、
何を思い、
どのような決意を持って、

親元を離れ、
東京に就職したのか。


そんなに強い子じゃない。
芯はしっかりしているが、
なんとなく、頼りなく、
周りが支えたくなる。


一緒に出てきた友達はいない
紹介されたことがない。

たった一人だった。



花子さんのお父さん、お母さんは、
しょっちゅう、東京へ来て、
花子さんを見守った。


花子さんに、

良く決意したな。
どんな思いで、出てきたの?


当時聞いても、
はっきりした答えは聴けなかった。



ドラマの設定は、
昔の茨城の家と同じ。

懐かしい風景、言葉が飛び交う。



もし、花子さんが元気だったら、
二人で酒を呑みながら
ドラマを観て、


たくさんの話ができたと思う。


情景、農作業、友達、
一つ一つに
思い出を語り。


ドラマと同じ、
高校時代の気持ちを聞いて、

二人で、
大笑いしながら

観れたと思う。




花子さんの話を聞きたい。



なんだか、


涙が止まらない。




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