まずはじめに、
講演会のご案内です。
地域にお住まい、在勤、在学の方で
お時間がある方はお出かけください。

東京都新宿区
新宿区 
神奈川県海老名市

海老名市 

京都府南丹市

京都府南丹市 
さて、
ここから本題。

先月末、「若年認知症家族会☆彩星の会(ほしのかい)」の
定例会があった。

家族、本人と別れて、2時間半つどう。

本人たちは、正月遊びと、お汁粉作り。
家族は、毎回ミニ講演と懇談会。



今回の家族の部は、

南魚沼市立ゆきぐに大和病院の院長で、
彩星の会 顧問、
若年認知症サポートセンター 理事長、
全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会 会長

若年認知症ではリーダー的存在の
宮永和夫先生の講演だった。


演題は、「中期から末期までの対応法」


前月の世話人会で、
宮永先生に何を講演していただくかと検討した。

今回のテーマは僕のリクエストでもあった。



認知症の講演会と言うと、
初期から中期にかけてのことが多い。

介護家族にとっては、一番大変な時期だ。

本人の中でも不安感や恐怖心が強く、
介護家族に、つい強く当たってしまう。

家族も認知症に対しての理解がまだできていなく、
戸惑いが出る。

理屈では対応の仕方はわかるが、
普段の生活の中では、
イライラして反発してしまう。

同じ土俵に乗って争ってしまう。

経験者、専門職の方からのアドバイスが
一番大切な時期なので、
認知症の理解と介護の仕方の講演が多い。



家族会に参加する人は、ご本人の状況は様々だ。
初期の人もいれば、重度の人、看取った人もいる。

認知症に対しての理解もある。

いずれ訪れる、
終末期から看取りについては
知っておいた方が良い。

先生にお願いして、今回のテーマにしていただいた。


花子さんはDr.から終末期に入っていると言われた。
その時の記事がこれ


宮永先生の話の中でも、
「終末期」
について説明があった。


「終末期」とは、「適切な医療を受けても回復の可能性がなく、
死期が間近と判断される状態」と定義される。

米国のホスピス協会の定義では、
「歩行に障害があり、自分では歩けない」
時期が終末期だそうだ。

日本では、食べることに重きを置く。
「食」を大事にする文化の違いからきている。
「食事を自分では取れない」
「嚥下に障害があり、誤嚥することが多い」

上記の二通りは、期間不明の終末期。


あと数日となると、
「血圧の低下が続き、乏尿ないし無尿である」
「食事が全くとれない」
「意識が混濁ないし、ない」


数時間で死を迎える段階だと、
「呼吸が時々止まる。ないし、呼吸していない」
  →「鎌倉時代の死の意味」
「心臓が時々止まる。ないし、脈がない」
  →「江戸時代以降の死の意味」

定義から見れば、
花子さんは終末期に入っているのだろう。
医療の立場からの見方だ。

僕は、終末期とは思っていない。
家族としては、体の機能が衰えるだけではなく、
感情表現、反応、反射がなくなった時が
終末期だと思う。

花子さんは、まだまだ豊かな感情がある。
表情で介護家族を喜ばすことがある。
僕にうれしさを、持たせてくれることがある。


なだらかな下り坂を、ゆっくり歩っていると思う。



本人の意思決定、延命措置、死についても話があった。
宮永先生の講演を聴けて良かった。
理解が深まった。

質問の時間に、僕が訪ねた。

今は延命として胃ろうをしないでいようと思っています。
でも、まだ意識があるときに、
食べるという行為を忘れて食べれなくなった時、
胃ろうをするか悩むと思います。

アドバイスがあった。

最後の選択は、どのようにしたとしても悩みます。
あとあとになって、これで良かったのかと後悔をします。
そんな時は、一緒に酒でも飲んで、 話を聞きますよ。


なんと素晴らしいアドバイスなんだろう。
涙が出るようだった。



僕がもう一つ所属している、
認知症の人と家族の会神奈川県支部支部長で
川崎幸クリニック院長 杉山孝博先生もそうだが、
医療従事者として、認知症の本人と介護家族に
関わっている人は、
本当に、

すごい

尊敬する方々だ。



さて、晩御飯。
たまには花子さんのミキサー食も
この日の献立は、
揚げ豆腐そぼろあんかけ、
青菜のごま風味
きんぴらごぼう
メロン味栄養補助食品

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色がその通りだ。

僕は、ハンバーと野菜炒め、サラダ。
お酒は富山の満寿泉

ハンバーグ 

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コメント
このブログでは初めての実名公開ですね。

私も写真展・「介護の学校」のフォトエッセイ・「アエラ」の取材はすべて実名でした。
偏見との闘いは、イニシャル発信では埒があかない・・そういう思いからでした。

かつて痴呆と呼ばれていた時代に比べれば偏見も少なくなってきたと思います。
「いかに穏やかに生活していけるか」にエネルギーを注ぐ時代になっています。

スリブリさんは、最前線でご活躍の認知症専門医・結束の強い家族仲間など人的環境に恵まれていらっしゃいます。精神面の健康はきっと大丈夫でしょう。

多重介護・仕事・家族会の世話人・講演・・・大変でしょうけれど、継続されるのでしょう。
すべてひっくるめてスリブリさんがスリブリさんなのですから。
2016/02/09(Tue) 21:21 | URL | miki | 【編集
ずっと公開は控えていました。
それとなく出していたけれど。
でも、そろそろいいかな。
いろんな、いろんな、いろんな・・・
しがらみがあって出せないでいたけど、
自分を知ってもらってこそ、
理解をされる。

でも、いつもながら
するどいです。
2016/02/09(Tue) 22:11 | URL |  | 【編集
ご無沙汰をしております。
スリブリさん、ご無沙汰をしております。
たま~に、チラ見程度していました。
今回お名前が出ていたので、びっくりしてコメント書かせていただきます。
こんなにお話しに行っていらっしゃるのですね。
お疲れ様です。

どうぞご自愛なさりながら、いろいろなお仕事をなさってくださいね!
たまには、何かを断ることも大事ですよ!
それは、ご自分だけではなくご家族にとってもです。
では、また!
2016/02/11(Thu) 20:26 | URL | 福祉屋あおい | 【編集
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