昨日、花子さんは入院していた
消化器内科の病院を退院した。
そして、今までの認知症専門病院へ再入院。

下痢は治まって、普通便が出ている。
今はゼリー食だが、
飲み込みは問題ない。

認知機能は、今回の病気から
かなり落ちてしまったが、
話しかけて、振り向かせれば、
笑顔は出る。


良かった。


認知症以外からくる、
内科、外科等の症状は、
落ち着かせたい。

言葉には出せないが、
下痢の苦しみ、
体の乾き、
寝ているだけの状態、

辛かったと思う。

訴えることが出来ないので、
少しでもわかってあげて、
辛さから解放させたい。


朝から病院へ行き、
退院手続き。

ストレッチャー付きの介護タクシーに乗り、
転院。


再入院だが、
一度退院になったので
新規入院の扱いで、
書類をすべて整え、
検診。

病棟に入ったのは
昼食の時間になってしまった。


さっそく食事介助を行う。

前の病院ではお茶もゼリー状だったが、
ポカリスエットの、とろみ付きにしてもらった。

問題なく飲み込む。
一つも残さず、すべて完食。


久しぶりの顔を見に、
ケアワーカーさん、看護師さんが
のぞきに来て、ご挨拶。

花子さんも笑顔を振りまく。


食べられるようになり、
体力が回復すれば、
また、散歩も再開できる。


無理なく、
少しづつ。




平成26年4月から精神科病院への入院に対して、
法律が変わった。
「医療保護入院者の退院促進措置」

平成26年3月以前に入院した人は
適用にならない。

4月以降の入院からだ。

花子さんは新たに入院なので、
この法律が適用されるらしい。

精神科病院の長期入院を避けるため、
入院期間を区切り、
期日が来たら、
医師、看護師、退院後生活相談員、本人または家族が出席して、
「医療保護入院者退院支援委員会」が開かれる。

その場で継続的な医療の必要がない場合は、
在宅、施設、療養型病院へ移すのを検討。

退院促進のための法律だ。

花子さんの場合は、3か月の期間を区切られた。
3か月後に会議。

Dr.から、

花子さんはすでに終末期に入っているので、
積極的な治療、リハビリはしません。

治療をしないということは、
精神科病院に入院の必要がないので、
この病院から、他に移るようになります。

と言われた。


家に帰って、ネットで、
厚生労働省、精神科学会、病院協会、等々
夜中まで見た。


難しい話になるので、
このことは、また今度。


今日は、下痢が治り、退院できたことを喜ぶ。



では、僕の晩御飯。
1階にはお袋もいなく、花子さんは病院。
一人っきりで、
作る意欲も消えかかっているが、
ここに乗せるという張り合いで
毎日作り続けている。

大根と鶏肉の煮物。
鮭の塩焼き。
お酒は広島の酔心。

大根と鶏の煮もの 


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コメント
僕の晩御飯
花子さん無事に退院、良かったです。
でも入院の法律が変わって色々大変そうですね。

『僕の晩御飯』いつも楽しみに見ています。
写真を載せる為と思って食事は今まで通り作ってください。
スリブリさんが身体でも壊したら、花子さんが寂しがられますから。
2016/04/14(Thu) 23:24 | URL | SACHIYO | 【編集
〉一人っきりで、
〉作る意欲も消えかかっているが

やっぱりそうなっちゃいますよね。
私もうっちゃんの入院中はロクなものを食べていませんでした。
しっかり食べて元気で花子さんに会いにいってくださいね。
2016/04/15(Fri) 11:20 | URL | わかなまる | 【編集
「やり遂げてこそ」の介護です
スリブリさんの介護も、大詰めの段階です。

私の場合は、母のことを親身に寄り添って介護してくれる人・葬儀を出してくれり人・供養してくれる人は私以外にいませんでしたから「やり遂げること」「自分が生き残ること」を掲げた介護になってしまいました。絶対に自分が先に逝くわけにはいかなかった。

2007年当時、看取りをやってもらえる施設は少なかったので、「摂取量が30%をきったら提携病院に搬送します」と言われての食事介助でした。週のうち半分、朝・夕通って9か月、それでもどう頑張っても完食させられなくなった頃、支えてくれていた友人が癌になり、それが背中を押し胃瘻に踏み切りました。友人には一度だけお見舞いに行くことができました。
施設が看取りをやってくれたならきっと胃瘻には踏み切らなかったでしょう。それはそれで別のつらい別れを体験していたことでしょう。

私の場合は、高齢の親だったこと、私が「寝られない・食べられないになったら精神科を受診してください」という健康状態だったこと、このふたつが大きかったと思います。

結局、胃瘻から2年、ちがう病気での旅立ちになりましたから、ぎりぎりまでの体験はしなかったようです。

どちらを選んでも別れはつらい。

介護が終わってもうすぐ6年、介護そのもののストレスからは解放されたのですが、人間関係のストレスがなかなかなくならず、今に至っています。

2001年3月父を施設介護へ踏み切ったとき、強い非難を2件受けました。「介護に手を出さない人間は口を出してはいけない」は介護の鉄則です。今でも引きずっています。相手の状況・相手の心情などに配慮できない人間が「私が闘ってきた相手」です。「自分の価値観は正しい。どこにでも誰にでも通用する」という思い込みの強い人たちとの闘いは簡単には解決できません。私が超越してしまうことが唯一の解決なのでしょう。

スリブリさん、どういう選択をされたにしても、介護をやり遂げ、ご自身の健康も保持なさってくださいね。
スリブリさんの人生はまだまだ先が長いのですから。
2016/04/16(Sat) 09:50 | URL | miki | 【編集
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2016/04/17(Sun) 22:14 |  |  | 【編集
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2016/04/20(Wed) 03:11 |  |  | 【編集
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2016/04/30(Sat) 22:30 |  |  | 【編集
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