9月1日に転院した。

5月にDr.とソーシャルワーカーとの面談があった。
入院の時、療養型病院は6か月の
入院期間と言われていた。

それが過ぎたので、次の病院へ転院するための、
退院支援が行われた。

次の病院リストをもらった。

まず第一に、
近くて、毎日でも行けるところ。

6箇所の候補をあげ、
すべての病院を回った。

その中で、
一番良いと思われる病院に絞り、
待機に入っていた。


その順番が回ってきた。


退院の当日は皆さんから見送りを受けた。

言葉の不自由な隣の女性は、
わざわざ車椅子に乗り
手を振ってくれた。

OTさんからは車椅子移乗の指導書を
もらった。

一晩で作成。

4ページにわたり、写真が9枚
細かく説明書きがされていた。


一緒にもらった手紙を読んで、
泣いてしまったよ。



介護タクシーで次の病院へ向かう。


新しい病院へ到着。


受付で手を振ってくれる人がいる。

前回面談の時、ばったり会った女性。


前の前、
5年間いた認知症専門病院で、
花子さんより二つ若い、
若年性認知症の女性がいた。

なんと、その娘さんが、
今度の病院の受付にいた。

その家族は毎日病院へ来ていて、
親しくなり、
お父さん、弟さんとも呑みに行ったことがある。

施設に入所して場所は変わったが、
その後も何度か会った。

花子さんのお見舞いに来てくれたこともある。

今度の病院に決めた一つのきっかけだ。


一通りの検査が終わり、
診断後、担当Dr.と面談。


中心静脈栄養(IVH)で感染を繰り返している。
今のままではまた同じことが起こる。
IVHでの栄養摂取は限界がある。



非常に厳しい話だった。

僕がどう思っているか聞かれた。


気持ちを話す。


昨年7月、始めの病院で誤嚥性肺炎を繰り返し、
抹消点滴になったこと。
8月末に、余命1ヶ月と宣告されたこと。

まだ若く、感情もあり、
生命力も感じられる。

そのまま受け入れることはできずに、
9月に転院を決意。

考えに考え、胃ろうを決めたこと。

でも、経鼻経管から試したが、
再び誤嚥性肺炎を起こし、
中心静脈栄養になったこと。

まだあきらめていない。
生きていてほしい。

今でも胃ろうを希望している。


思いを伝えた。






試してみると答えを頂いた。


リスクが大きい。
可能性、危険性、手順、
詳しく説明してもらった。


希望を持つ。




4日に早速、100ccの白湯が始まった。


でも、痰が出始め、中止。
午後には、発熱。


毎日行っている。


今日は37.3℃
笑顔も出た。
反応も良い。

しばらく様子を見る。


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コメント
一歩前進
転院、無事にすみましたね。
案ずるより生むがやすし。

客観的に判断できるのはすべてが終わってからです。
当事者は体験して学んでいくのですから。

後悔のない介護はない、と言われますが、先の見えない未知の航海を進んでいるのですから、小さな後悔がいっぱいあるのが介護ではないでしょうか。そして、後悔してもしかたがない・・・それが人生です。

取り返しのつかないことさえなければよし!でしょう。
スリブリさんのブログに学んでいる人は多いでしょう。
それでよし!なのです。

いずれ必ず来るその日まで「そのときベストの判断」で進むのみ。
スリブリさんが看取ってあげられればすべてよし、です。
どうぞ、ご自愛ください。
2017/09/08(Fri) 10:01 | URL | miki | 【編集
一歩前進
私も、スリブリさんのブログで学ばせていただいているひとりです。
胃ろうについては、とても考えさせられました。
いつかは、と思っていましたがこんなにも早く夫も胃ろうになるとは思ってもいませんでした。
とても迷いましたが、スリブリさんのブログからずっと考えてきたことでした。
お陰様で夫は、胃ろうにして元気になりました。
ひとつひとつの区切りで、迷うことも悩むこともあるのは、同じです。
でも、一歩前進ですね。
いつもありがとうございます。
2017/09/09(Sat) 09:45 | URL | らら | 【編集
スリブリさんが毎日病院へ足を運んでいらしゃる様子を見て来て、私はスリブリさんほど頻繁には病院へは行かれそうにない・・と以前は思っていましたが、いざ4月に主人が入院すると、短時間でも毎日顔を見に行こうという気になってくるものだと振り返っています。

主人はあっと言う間に花子さんの状態を追い越してしまいました。

歩いてしゃべって、食べていた人が、今は胃ろうで命を繋いでいます。

今三つ目の病院にいます。
胃ろうは二つ目の病院にいた時に、次のリハビリを目ざして造設したものでした。

鼻からだとむせることが多く、誤嚥性肺炎を招くからと。

「口からの栄養摂取と並行して使える」
「口から食べられるようになったら胃ろうは閉じられる」と説明がありました。
現実には口からは食べられなくなりましたが。
期待していたリハビリもできず、拘縮予防にとどまっています。
花子さんのような反応はなく笑顔にもならず。
むせてばかり、痰の吸引も頻繁に受けています。それでも胃ろうで不都合はなく生きています。

花子さんの場合は療養型病院に移られましたが、うちの場合は特養にこれから移ることになりました。

これで区切りとなります。

迷うことはとても大切なことだと思います。
家族なら迷わないはずはないのだと思います。

おうちで自然体で過ごし、食べられなくなったら自然にお看取りを・・・という考え方もありますが、それは高齢の方にはあてはまることでも、まだ六十代では、そのポリシーへの踏ん切りもなかなかつきませんよね。

「若いけれど脳は終末期にある」という考え方もあるかと思いますが、どの期にいるかは、後になって言えることだと思います。
うちも二つ目の病院で脳の画像を撮ってもらった時に「終末期」だと言われて驚きましたが。

前の病院では同じ病室に、胃ろうをつけないことを選んだ本当の終末期の人たちがいて(八十代)、病室を出て行かれました。

どの人たちの選択も(決めるのは家族ですが)間違いではないと思うのです。
正しい、間違っているという評価はできないと思います。

スリブリさんの納得のいくように、と願っています。
2017/09/09(Sat) 14:19 | URL | Y | 【編集
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