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今日、福島に住む叔父さんに電話をした。

これまで、何度も何度も電話をしているが、
なかなか繋がらない。

半年ぶりぐらいだろうか。
ようやくお話しができた。

叔父さんは、僕たち夫婦の仲人。

いつも心配してくれていた。

今日も電話で、

俺も90歳になってしまった。
だけど元気だぞ。
花子さんはどうしてる?
太郎は元気か?


元気な声で安心した。

10年前、
叔父さんは大変な状況だった。

今日は、どうしても叔父さんの声を聴きたくて
電話をしたら、運よく繋がることができた。

一人住まいで、自分が大変なのに、
僕たちのことを心配してくれる声を聴いて、
話しながら、涙が出てきた。

10年前のブログを読み直した。

その時、花子さんは入院をしていた。
3.11の翌日、3月12日の日記。


花子さんの実家。
兄さんたちに、電話してるんだけど、
全く、通じない。
 
茨城県・霞ヶ浦の近くで、
海からは離れているから、
大丈夫と思うが・・・
 
もっと心配なのは、
以前、法事に行った、
福島の、叔父
 
海の近くの、高台。 
80歳代の、夫婦二人住まい。
 
原発近くで、避難命令が出た。
連絡は、取れていない。
大丈夫だろうか・・・
 
花子さんの病院には、
今日の午前中に、見舞いへ行ってきた。
 
元気で、大丈夫。
でも、
 
  (今、仲の良い、おばあ様がいる。
  花子さんより、20歳は上だろう。
  いつも、手を繋いで、歩いてる。
  見た目は、花子さんが、介護している様子。
  でも、実際は、介護されている)
 
その方に、
 
地震は、大丈夫だったですか?
 
と聞いたら、
 
みんな、びっくりしてたよ。
この子は、(花子さんのこと)
お父さんがいない。って
泣いてたよ。
 
花子さんは、昔から、
地震が、すごく嫌いだ。
 
ちょっとした揺れでも、
耳をふさいで、しゃがみ込む。
 
今回の地震は、すごく不安だったろう。
 
実は、地震の当日、
19時ごろ、心配になって、病院へ行った。
病棟では、もう晩御飯も終わって、寝る準備の時間。
 
病院に入るつもりは、なかった。
ただ、様子を知りたくて、
外から、病院を見てみたかった。
 
担当の看護師さんが、
ちょうど帰るところだった。
 
出口で数人の方と、笑顔で話している。
それを見て、安心した。
 
周りは、穏やかな空気が流れている。
面会はせずに、帰った。
 
今日、花子さんに会ったら、
地震のことは、忘れていた。
もちろん、泣いたことも。
 
でも、これは、心の奥に、残っている。

今回の地震で被災された方、
また、そのご家族、お知り合い。
 
すべての人のために、
 
落ち着ける日が、
早く来ますように。

と書いていた。

当日の11日は、
親父、お袋が不穏になり、
一緒に住んでいた姪が
帰宅困難になって
車で迎えに行った。

車は動けず、
その横には、電車が止まって
歩く人の列。

帰ってから、
花子さんが心配で、
外から見るだけでもいいと思って
病院まで行った。

走馬灯のように思い出す。


今日は、
叔父さんの声が聴けて良かった。

コロナ禍の中で、
横浜から福島へ行くことはできない。


少し落ち着いて、
状況が変わってきたら、
会いに行く。


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