今回の地震で、
 
花子さんの実家、
茨城の兄弟たちとは、
連絡が取れた。
 
水道、電気も通じて、
落ち着きを、取り戻した様子。
 
怪我人が、一人もいなかったことは、
幸いだった。
 
でも、茨城を震源とする、
地震、余震が続き、不安な毎日を
過ごしているようだ。 
 
 
 
福島の叔父、叔母とは、連絡が取れない。
 
町の全体が、避難をしている。
ようやく、町役場の避難所が分かり、
電話をしたが、繋がらない。
 
安否問い合わせの、FAXを送った。
すぐに、役場から電話を頂いた。
 
 
役場では、叔父夫婦の所在を
把握していない。
 
町の避難所へ、避難をすれば、
名簿から、安否が確認できるのだが、
車で、自主避難をしたようだ。 
 
親戚、知人に電話をしたが、
どこにも連絡がなく、
皆、心配している。
 
無事であれば、良いのだが・・・  
  
  

 
 
さて、
  
今週の初め、
親父を連れて、病院へ行ってきた。
 
先月、認知症検査の、心理テストをしたので、
結果を聞きに、行くため。
 
検査の結果は、
 
 時計描画テスト  15点中5点
 認知機能検査(MMSE)  30点中16点
 長谷川式簡易知能評価スケール  30点中9点
 
どれも、認知症の疑いをす示す数字だ。
お願いして、心理療法科が、Dr.宛に出した、
心理検査の、報告書のコピーを頂いた。
 
「 認知機能のスクーリング検査においては、
 中程度 ~ やや高度の認知症圏内の
 認知機能障害の存在が示唆されました。
 ・・・・・・
 今後の経過についての、慎重な観察が
 必要と考えられます。」
 
と、あった。
 
 
高度の、認知症。
 
 
でも、親父には、病識が全くない。
 
前回の検査の印象が悪かったのだろう。
検査内容に、プライドを傷つけられた。
 
子供に質問するような、
分かり切ったことばかり聞く。

 
と、言っていた。
でも、答えられない。
今回、病院に行きたがらなかった。
 
俺は、病院へは行かないぞ。
どこも悪くないのに、行く意味がない

 
親父は、病院は、治療というイメージがある。
聴診器を当て、血圧を測り、
注射、包帯をして、
悪いところを、治す。
 
でも、精神科の診察室は、
治療道具は何もなく、話をするだけだ。
行く意味が、見つけられない。
 
 
診察室に入ると、
いつも、自信満々に話す。
 
去年、ホームから落ちて怪我をしましたけど、
もうすっかり治って、悪いところは、
一つもありません。
 
私は、忙しくて、やらなければいけない仕事が、
たくさんあります。
今度、外国にも、出張します。
 
発明が好きで、特許をたくさん持ってるんです。
・・・・
 
放っておくと、戦争の話から、
シベリア抑留、引き揚げ。
以前の、勤め先のこと・・・、
自慢話が、延々と続く。
 
今は、仕事は何もしてないが、
まだ、現役で働いている気分に、
なっている。
 
 
適当なところで、話を終わらせ、
僕と、Dr.で病状、
今後のことについて、話した。
 
親父は、補聴器をつけているが、
それでも聞き取れないので、
目をつぶっていた。
 
居眠りをしてしまった。
 
 
次回の予約をして、
診察室を出る。
 
相変わらず、眠そう。
 
最近、机に座っていても、
いつも居眠りをしているので、
また、傾眠が始まったと、思っていた。
 
 
会計が終わり、帰ろうとしたが、
足元が危ないので、車椅子を使った。
 
車に乗っている間も、眠ってる。
ただ、車の中で寝るのは、
いつものこと。
そのまま、車を急がせた。
 
 
家に着いた。
起こしたが、もうろうとしている。
車から、一人で降りられない。
 
ちょうど、近所の人が通りかかり、
二人で、腕を抱え、
家まで連れて行った。
 
親父は、
 
だいじょうぶだ~
 
と言っているが、
足が前に出ない。
腕を肩に掛け、
引きずるように、家に入れる。 
 
 
お袋は、親父の姿を見て、
慌てていた。
 
僕の素人判断では、
 
片側の手足が上がらなかったり、
顔面の麻痺もない。
言葉もはっきりしている。
「脳卒中」ではないと思った。
 
  ( 素人判断が、一番いけないので、
    真似しないようにお願いします。
    ただ、疲れからくる、異常な眠気の
    気がしたんです。)
 
 
すぐに布団を敷き、そのまま眠らせる。
お袋は、着替えさせようとしたが、止めた。
 
血圧、熱を測った。
血圧  130/75  脈70
体温  35度7分
特に異常はない。
 
12時に帰り、昼食も食べずに、
そのまま寝て、起きたのは、
18時だった。
 
起きたら、元気になった。
 
手足の動き、顔の筋肉、体のこわばり、
言葉の発声。
血圧、体温。
どれも、異常なし。
 
ただ、見当識が、非常にずれていた。
 
起きた時が、朝だと思っている。
お袋が、晩御飯の用意をしたが、
朝食と違い、怒り始めた。
 
病院へ行くまでのことは覚えていたが、
診察から、帰宅まで、
その後の記憶が、全くない。
 
 
 
夜、原因を考えた。 
思い当たることが、一つ出てきた。
 
前回の診察の時、
怒りやすいこと、気分が落ち着かないこと、
夜、寝つけないことから、
薬を出して頂いた。
 
セロクエル。
 
気持ちの高ぶりや、不安感を抑える薬だ。
ただ、眠くなるので、就寝前に飲むようにと、
処方された。
 
親父は、病識がないので、
一度も薬を飲まなかった。
 
もしかしたら、
病院へ行くので、
一度くらい飲まなければと思い、
何の薬かもわからず、
飲んだのではないか。
 
症状から見ると、
薬の副作用と考えれば、
納得できる。
 
 
 
翌朝、親父に確かめた。
 
案の定、飲んだとのこと。
それも、病院へ向かう車の中で、
水なしで、飲み込んだ。
 
苦くて、今までで、一番まずい薬だ。
 
そんなことを言った。
 
 
 
体の中に、始めて入る、
抗精神薬。
それが、効きすぎたのだ。
 
説明したら、
急に、機嫌良くなった。
 
やっぱり、自分でも気にしていたのだろう。
 
ニコニコして、はしゃいでいた。
 
 
全く。
こっちは、どんなに、心配したことか。
少しは反省して、
息子の言うことを、聞け!
 
 

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コメント
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2011/03/21(Mon) 00:20 |  |  | 【編集
私の父(80才)も
昨年暮れに軽度の脳梗塞を発症しました。

言語リハビリテーションが必要なのに幼稚園児・小学校1年生の授業の様な事が馬鹿らしいと感じるらしく(当然、病識もなく…でもプライドは傷つきます)日常で会話を交わしたり読み書きの機会を増やせれば良いのでしょうが…
幸か不幸か大変良く眠れるので…

(^_^; 複雑な気持ちです。
2011/03/21(Mon) 11:04 | URL | ナイトイーグル | 【編集
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