花子さんが在宅の頃、
犬をもう一頭、迎え入れようかと思っていた。

その頃、花子さんの愛情は、
すべてランに注がれていた。

癒しどころではない。
生きがいでもあり、
かけがえのない存在だった。

もし、ランが急にいなくなったら、
強烈な、ペットロスが襲ってくる。

悲しみのあまり、
精神的に、不安定になるのではないか。
混乱が生じるのではないかと、大きな不安があった。

もう一頭かわいがる犬がいれば、
どちらかが旅立っても、
心の隙間を、少しでも埋めてくれるのではないかと
考えていた。



でも、花子さんの心の穏やかさは、
病気の進行によって、侵され、
不穏状態が大きくなってしまった。

そして入院。
病院では、一か月以上、
不安定な状態が続いた。

ようやく落ち着いてきた頃、
花子さんが、少しでも安心できるようにと、
ベッドの上に、ランと、花子さん、
僕が写っている写真を貼ってもらった。


しばらくの間は、ランに会いたがり、
外出願いを出しては、ランと一緒に散歩をした。

一年ぐらいすると、看護師さん、ケアスタッフの中で、
好きな人を、

ランちゃん

と呼ぶようになった。
僕も、ランちゃんだった。

そして、半年前ぐらいからかな、
ランのことは、話さなくなった。

写真を見ても、
もう、ランのことが分からなくなった。



ランが亡くなった翌日。
いつものように、病院へ行った。
食事前に、

ランのこと、覚えてる?

う~ん???

死んじゃったんだ。

????

良かった。
もう、忘れている。
悲しませなくて、済んだ。

食事が運ばれてきて、
楽しく、ごはん。

帰りに動物病院へ寄り、
先生から、花をいただく。(前回の日記)


家に帰って、
酒を飲みながら、
涙が止まらなかった。

亡くなった当日は、
わめくように泣いてしまった。

次の日は、じわじわと涙が出てくる。

今年の花粉症は、きついな。

とつぶやきながら、献杯をした。



それから花子さんには、
ランのことは、話してない。

忘れているのを、無理に思い出させようとするのは、
認知症の人を、いじめるようなもの。

笑顔さえ出ていれば、いい。



昨日、いつものように病院へ行く。
いつになく、明るい。
病棟に入った僕を見つけ、
笑顔で迎えてくれた。

ここんとこ、花子さんの前に行っても
僕のことを、わからないことが多い。

膝をかがめて、
花子さんの視線に僕の顔を持って行き、

花子ちゃ~ん
お父さんが来たよ~

と呼びかけると、
しばらくしてから、ようやく笑ってくれる。

でも、昨日は、鮮明で受け答えもできた。

晩御飯が運ばれてくる前、

ラン、覚えてる?

うん!

死んじゃった。

エッ。

表情が固まった。
すると、驚くことに、

エ~ン・・・

顔をくしゃくしゃにして、
泣き出したではないか。

大丈夫だよ。
幸せだったって言ってたよ。

花子がこんなに悲しんでくれると、
ランは、 嬉しい って言ってるよ。

もう大丈夫だよ。

花子さんの頭をなでながら、なだめる。
泣くのはやめたが、顔は真剣な表情だった。

食事が運ばれてきた。

ほら!
ご飯を持ってきてくれたよ。
わーー、おいしそうだ。
さあ食べよう。

僕が、美味しそうなおかずをスプーンにのせて、
口まで運ぶ。
花子さんは、口を開け、食べ始める。

美味しいだろう。

うん、

笑顔だ。
もう大丈夫。



花子さんは、ランのことを忘れたと思ったのに、
思い出したのには、驚いた。
「死」という言葉を聞いて、
悲しくて、泣き出した。

こんなにも、感情が豊富だ。
喜び、悲しみがちゃんとわかり、
素直に、思ったままを表現できる。

花子さんの優しさを呼び戻し、
目覚めさせてくれた、

ラン

ありがとう

ランは、最後まで、名犬だ。



前回の日記には、
たくさんの方から、コメント、メールをいただき、
本当にありがとうございます。
大変申し訳ないですが、今回もお返事を書けてません。

でも、皆さまからいただいたメッセージは、
何度も読み返し、励まされ、心が熱くなっています。
ありがとうございました。


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コメント
誰しも皆、いつかは死んでいくけど、やはり悲しいものですね。愛すれば愛する程、その悲しみも深い。それでも、生かされてる私達はその悲しみと共にこれからの人生を歩んで行く。
スリブリさん、これからもランちゃんと共に生きていきましょう。
2013/03/21(Thu) 22:28 | URL | りいこ | 【編集
犬が大好きでいつか一緒に住みたいと思ってたけど無理そうです。
だって会ったこともないランちゃんが死んでしまってこんなにかなしい。
私も声をだして泣いてしまいました。
スリブリさんは大丈夫ですか?
2013/03/22(Fri) 00:18 | URL | 名無し | 【編集
久しぶりに覗いてみたら…、ランちゃん、旅立ってしまったのですね。
いつも傍で支え続けてくれていたランちゃん。
これからもきっと、見守ってくれていると思います。
ランちゃんが花子さんに起こしてくれた奇跡、凄いですよね。
きっともう、花子さんの中からランちゃんが消えることはないと思いますよ。
2013/03/22(Fri) 13:30 | URL | ナオ | 【編集
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2013/03/22(Fri) 20:59 |  |  | 【編集
今にっき読ませていただき、涙がとまりません。
少しだけ、なみだを私もご一緒させて下さい(´ω`)ゞ
2013/03/23(Sat) 18:19 | URL | あいる | 【編集
私は認知症の方に対して、理解がとても薄いと思っています。簡単に言うと、薄情、ひどい言い方をすれば差別の気持ちさえあるかもしれません。
でも
花子さんの感情の動きに、いつも涙がでます。
いつぞやのお墓参りのお話、息子さんのご結婚のお話
そしてランちゃんのお話。。
いつも胸を突かれます。スリブリさんのような心を私も持てたらいいと、思います。応援、させてください。心だけですが。
2013/03/24(Sun) 00:15 | URL | simauma | 【編集
simauma様
率直な思いを書いていただきありがとうございます。

一般社会において認知症への偏見が存在するのは、「当事者として体験した人」と「当事者として体験したことのない人」とのギャップが大きすぎることに起因することが多いと私は思っています。

認知症の人本人にとっても、寄り添っていく家族にしても、当事者はそれぞれ前人未到の険しい山を登っているような年月を生きています。
私は、介護が終わって約3年たっていますから客観的にふりかえる余裕があります。
また、写真を撮ってきたのでしんどいときのことも記録が残っているので、当時は理解できなかったこともあとで理解することができました。

「正しく理解できないから、正しく判断して正しく行動できない」
ここで使っている「正しい」とは、「理性や知性が正常に機能している状態で、社会規範にのっとって行動する」という意味です。
逆に「人間としての尊厳」と「感情(心)」は強く残っています。
介護上のトラブルの多くは、ここに由来していると思います。
よくも悪くも「感情が豊かになる」のは、「抑える力が弱くなる」からでしょう。

スリブリさんのブログがきっかけで少しでも認知症に関心を持って理解を深めていただければありがたいです。

予防薬や根本治療薬が開発されることが人類の悲願だと言われています。
そういう時代が実現するまで、大きな困難をかかえて生きている認知症の人本人と、天命まで寄り添って生きている家族に、どうぞあたたかいまなざしで寄り添ってください。けっして追い打ちをかけるような言動だけはなさらないでくださいね。(simauma様は大丈夫です!)

スリブリさんへ
私は、ありとあらゆるところで啓蒙活動は必要だと思っています。無断でこの場をお借りしました。お許しください。
2013/03/24(Sun) 08:51 | URL | miki | 【編集
ランちゃん・・・
花子さんにこんなに愛されて・・・
絶対 天国で、花子さんやスリブリさんの事
見守ってくれてますよ!
2013/03/24(Sun) 21:41 | URL | キバっち | 【編集
お久しぶりです。
ランちゃん、最後まで優しいお利口なワンちゃんでしたね。スリブリさんの心の支えになってくれていただろうに・・・寂しいです。
ただ、花子さんにランちゃんの死を報告出来て、少しの時間でも一緒に悲しんでもらえて良かった気がします。お二人が可愛がっていたランちゃん。死を二人で受け止めて、見送ってあげられたんじゃないかと思います。
2013/03/30(Sat) 22:46 | URL | sera | 【編集
コウノメソッド
はじめまして。老人ホームで看護師をしています。入居者様の多くが認知症で、最近、周辺症状をおさえるためになにか良い薬はないか調べていて、コウノメソッドを知り衝撃を受けました。もしご存じでなければブログを見ては?と思い、失礼ながらコメントさせていただきました。不穏、興奮状態を抑える薬の使い方など目から鱗です。家族向けの書籍もたくさんだしています。一見ふざけたブログかとおもうかも知れませんが、お勧めします。奥さまのお役にたてますように!
2013/04/02(Tue) 20:31 | URL | しん | 【編集
はじめてコメントさせていただきます。
スリプリさん、お一人でたいへんなことをたくさんなさっていたところに
ランちゃんを亡くされてどれほどおつらいことか、
言葉にするのも難しいです。
でもランちゃんはみなさまに深く愛されて幸せだったことでしょう。
お一人でがんばりすぎてスリプリさんが倒れてしまわれませんよう、
そのことがほんとうにほんとうに心配です。
どうぞくれぐれもご自愛ください。
2013/04/09(Tue) 18:37 | URL | momo | 【編集
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